怪しい名探偵 第6回 煙の向こう側

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 池袋北署の鑑識係員である大原拓也(おおはらたくや)の説明によると、小竹清の身体中に貼り付けられていた丸い湿布のような物は、禁煙用のニコチンパッチであることが判明した。  「ニコチンパッチにはニコチンが含まれてます」と大原は説明する。「それを身体に貼り付けることによって、煙草を吸うのと同じ効果があるんですよ。1日1回1枚ずつ貼り付けることを繰り返すことで、少しずつ身体を煙草から遠ざけて、最終的には煙草をやめるように(うなが)していくという、いわば毒をもって毒を制すってやつですね。ただ1枚あたりのパッチには大量のニコチンが含まれてます。1度に何枚も身体に貼り付けたりすると、煙草をたくさん吸い過ぎるのと同じことになってしまうんですよ。それで呼吸困難に(おちい)ったり心臓発作を起こしたりして、死に至ることもあるんです」  「ということは竹屋の親父の死因は、ニコチンパッチを身体中に貼り付けられたことによる呼吸困難、もしくは心臓発作ということか」海老名は朝食代わりのコーヒーを飲みながら言った。何だか今日は食欲がない。「間違いなく他殺だな。あんなもんを身体中に貼られたら、老人ならイチコロだ。手が届きにくい背中にも、しわ1つなくきれいに貼られてたからな」  「ただ僕は、死因はニコチンパッチじゃないんじゃないかと思ってます」大原が眼鏡を指先でずり上げながら言う。「身体を押さえつけたり何かで縛ったりしないと、短時間であんなに何枚もたくさん貼れませんよ。少なくとも(ひも)で縛られた痕跡はありませんでした。仮に死因があのパッチだったとしても、貼られる前にはガイシャには既に意識がなかったんじゃないか、と思ってます」  「なるほど。いずれにしても犯人は竹屋の親父に強い憎しみを持ってたようだな。そうじゃなきゃ、ニコチンパッチを身体中に貼り付けるなんてことはしないだろうし、ましてやあの寺の入口に置き去りにはしないだろう。犯人はどんな意図を持ってたんだろうな?」  同居している小竹清の妻によると、小竹はいつも通りに先日の夜10時には床に着き、朝方に起きた時にはいなくなっていたと言う。自宅は竹屋の2階。家族は他に息子夫婦とその子供たちが、すぐ近くのマンションに住んでいる。竹屋で働いている息子夫婦も夜の8時に店を閉めた後、1時間後の9時には帰宅の途に着いていた。やはり父親が夜中に外出していたのを知らなかったらしい。小竹の家族に清を憎む理由は全く見当たらず、関係は良好だった。
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