怪しい名探偵 第6回 煙の向こう側

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 殺害される理由には、いくつか心当たりがある。まずは小竹清と広徳寺との関係。この両者の関係は険悪で、いつ雷鳴を伴って木が倒れるかというぐらい、ただならぬものがあった。  広徳寺の創建はかなり古い。この寺の本尊である観音像は霊験(れいげん)あらたかで、この観音像の前で手を合わせると、必ず(やく)が払われるとか。以来、厄除(やくよ)け観音として多くの参拝者を集めてきた。場所は旧中山道(なかせんどう)から少し離れた所。「おばあちゃんの原宿(はらじゅく)」として有名な巣鴨の地蔵通り商店街から、道を曲がって百メートルほど。車1台がかろうじて通れる程度の細い道の両脇に、竹屋のある観音通り商店街が続く。寺そのものは鉄筋コンクリート製の比較的新しい本堂に、住職たちの住まいがある管理事務所。後は裏側に小さな墓地がある程度で、あまり大きな寺とは言えない。だが連日、老人たちを中心に多くの参拝者で賑わっている。  昔はこの広徳寺と小竹清とは関係も良好で、鳩や雀が落ち着いて羽を休めるほどの平和な雰囲気だった。20年近く前、前の住職が存命だったころは。そして海老名がこの近所で交番勤務をしていたころは。  前の住職のことは海老名もよく覚えている。実際に会って話をしたこともあるからだ。あの当時はもう80を過ぎた老人。いつあの世からお迎えが来てもおかしくはない年齢だったが、足腰もしっかりしていて、声にも張りのある元気な老人だった。性格も温和で誰からも(した)われていた存在。しかも悟り澄ましたような曇りのない表情は、さながら生きた仏と呼んでもおかしくはなく、暗い雨の日でも後光が差していて妙に明るかった……海老名の錯覚かもしれないが。小竹も前の住職のことを慕っていた。
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