怪しい名探偵 第6回 煙の向こう側

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 やがて前の住職が安らかに涅槃(ねはん)の世界へと旅立って行き、前の住職の息子である現在の住職が後を継いだ。名前は佐藤節夫(さとうせつお)(62歳)。この節夫が後を継いでから、観音通り商店街に暗雲が立ち込め始めた。  この佐藤節夫、前の住職である実の父親と顔はよく似ているが、性格が全く対照的である。自分勝手で威圧的。常に商店街の住人を寄生虫を見るような目で軽蔑し、暴君のように振舞っているらしい。  「誰のおかげで食べていけると思ってるんですか? 千年もの歴史がある、うちの寺があるおかげなんだってことを忘れないでいただきたい!」  何か(もよお)し物や祭りがある時にも、商店会で決めたことを引っ繰り返さないことには気が済まないらしい。逆らう者には神経質に激怒。そんなことの繰り返しであるから、自然と商店会との間に溝が出来上がってしまい、人心は離れていく。  「昔の住職はいい人だったんだけどね。それに比べて今の住職ときたら……」  佐藤は禁煙運動の活動家でもある。商店街周辺を全面禁煙にし、喫煙所を全て撤去させただけでは気が済まず、住人にまで禁煙を強要しようとしているぐらい。煙草屋は廃業。コンビニエンスストアでは煙草の販売も禁止させられてしまった。飲食店内での喫煙も完全に禁止させようと画策中ではあるが……  その真正面に立ちはだかったのが、商店会会長の小竹清だった。小竹は愛煙家でもある。  「冗談じゃねぇや。煙草がそんなに身体に悪いってんなら、寺で()く線香だって身体に悪いだろうが。だいたいガキの頃、さんざん猫や鳩をいじめてた性格のねじくれた坊主になんか、俺らのことをとやかく言う筋合いはないね。煙草やめろなんて、俺にとっちゃ死ねって言うのと同じことだ。少なくとも俺の店では、禁煙を押し付けるような真似はさせんぞ!」  他の商店会の住人も小竹の意見に従い出した。小竹は他人の意見もよく聞き、面倒見もいい。その人望だけで商店街全体の権力を握ってしまった。というより、佐藤の歪んだ性格が足を大きく引っ張ってしまった、と言った方が正確ではあるが。かくして広徳寺の住職である佐藤節夫と竹屋の主である小竹清とは、泥沼の対立関係になってしまった。  その小竹を殺害した容疑者として、佐藤節夫は早速その第一候補として浮上してきた。だが佐藤にはアリバイがある。事件前日の夜、佐藤は講演会のために新潟(にいがた)にいたのだ。その後、新潟市内のホテルに1泊し、新幹線で東京に戻ってきた。
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