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一夜明けて
シセリアが再び目を覚ました時も、やはり窓の外は夕闇だった。
生者の世界と死者の世界の狭間であるというこの世界には、そもそも朝も夜もなければ、時間などないのかもしれないと、シセリアはそう思う。
それにしても、こんな風に歓待してくれるなら、替えの衣装を用意してくれても良さそうなものだが、それはなかった。シセリアの粗末な服装は、もしかしたらシセリアの生前の様態を反映しているのかもしれない。ジャクリーヌの衣装も死んだ時のものとは違っていたし、自分がいちばんしっくりくる自分の姿で、魂としてこの世界に現れているのかもしれなかった。
幸い服を脱がなかったから良く眠れなかったとか、時間が経つにつれて服が汚れてくるなどもなさそうだ。そんなことを考えながら、人形の召使が持ってきてくれた盥の湯でシセリアは顔を洗う。
こんな待遇は、生きている間には一度も経験したことがなかった。
一度も? 本当に?
一度もなかった、はずだ。
再び案内されて集まった広間には、すでに魔女、クローデット、そしてエレーヌがいた。
「シセリアは、お寝坊さんかな?」
「すみません。夢を見たのか、深く寝入ってしまって。どれだけ寝たのか、自分で分からないんです」
そんな会話を繰り広げる魔女とシセリアとは対照的に、エレーヌとクローデットはずっと無言だった。
「あの、クローデットさん。大丈夫でしょうか?」
クローデットはテーブルの上で拳を握り締め、視線を落としていたが、声をかけられて顔を上げる。
「ああ。……昨日は思い出せなかったが、だんだんと思い出してきた。そろそろ、覚悟が決まったようだ」
その様子を一瞥すると、魔女は笑みを浮かべる。
「そうだね、今日の主役はクローデットだ。なぜクローデットは、ジャクリーヌを殺したのか? そして、なぜクローデットも殺されたのか。今夜は、それを見ていくよ」
従者がまた、お茶を運んでくる。
その深い青緑色。その中に溶け込む、漆黒の闇。
まだまだこの事件には、謎が眠っている。——
クローデット・ド・ブランビル、二十四歳。ブランビル侯爵家令嬢。
ブランビル侯爵家はラマルタン王国に古くからある貴族の家系だが、近年の新興貴族勢力とは縁が薄く、権勢から遠ざかっている。
その状況を打開せんがため、ブランビル侯爵は王家に、令嬢クローデットを送り込んだ。語学、ダンス、音楽、それから当世風の教養をあますところなく身につけた、完璧な貴婦人だ。
しかしながら、クローデットの夫ジョルジュは、王太子アレクサンドルとは不仲であり、その先行きがやや心許ないことが、ブランビル家の将来にも影を落としている。——
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