第二王子妃の裁判

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第二王子妃の裁判

 クローデット王子妃の裁判は、王宮内に急遽設けられた特別法廷にて行われた。  罪状は、アルダン伯爵家次男シュヴァリエとの不貞、および、シュヴァリエに対する殺人容疑だ。  通常は貴族による議会が開かれる大広間には、裁判官席、被告側、原告側それぞれの席、そして証言台が設けられている。採光窓(さいこうまど)からは外の光が入ってきており、また天井からも大きなシャンデリアがぶら下がっているが、室内を支配する空気は重苦しく、そして暗い。  王宮内で催される貴人の裁判とあって、一般の傍聴人の立ち入りは許されなかったが、それでも後ろの傍聴席は、裁判を見物しようと訪れた貴族たちでごった返していた。  入れ替わり立ち替わり、証言台に立つのは宮廷に仕える侍女たちだ。 『ええ、確かにクローデット様は、シュヴァリエ様と密会されていました。それも一度ではなく、何度も。その度に人払いをして』 『それは……! 私が……!』  クローデットはその後の言葉を続けることはできない。  その様子を、数多くの厳しい視線が見守っていた。  そしてその中には、クローデットの夫、ジョルジュ第二王子も含まれている。  金色を基調とした豪奢(ごうしゃ)な衣装に、肩までの長さの金髪、その出で立ちはまさに王子の呼び名に相応しい。それとは裏腹に、ジョルジュ第二王子の表情は硬く、裁判の成り行きに対する不安と緊張が隠し切れていない。  ラマルタン王家所有の離宮において、アルダン伯爵家次男シュヴァリエが死んでいた。死因はバルコニーからの転落死。そして、バルコニーにいたのは第二王子妃クローデットだった。  ここで取り沙汰されているのが、シュヴァリエとクローデットの不貞の可能性。  二人の不貞について疑わしい状況証拠を提示する召使は何人もいた。  この裁判においてクローデットは孤立無縁に(おちい)っている。  裁判の場に立たされ、困惑して立ち尽くす過去のクローデットを見守るのは、死後である現在のクローデットだった。厳しい視線を自分自身に向けているが、昨晩の動転した様子とは異なって、落ち着きを取り戻し始めている様にもシセリアには見える。 「クローデットさん……クローデット様」  声を掛けようとして、シセリアは言い直す。  仮にも王子妃なのだから、敬称を付けなければならないだろう。だが、高貴な身分の方にはへりくだらなければという、そんな感覚はシセリアにはない。もしかしたら生前のシセリアは、高貴な身分の人間と関わるような生活はしていなかったのかもしれない。それなのになぜか、魔女からは他の三人と同じく、『令嬢』と呼ばれている、そのことをシセリアはちらりと考える。 「ああ……大丈夫だ。今は、もう。死んでしまったことは変わりがないのだしな」 『では、次の証人を』  裁判長がそう告げる。 『……はい』 「……!」  入ってきた証人の姿を見て、シセリアは息を飲んだ。  他の三人は沈黙していたが、シセリアほどは驚いている様子はない。エレーヌはじっと前を見つめ、クローデットは目を伏せて考え込んでいる様子だった。魔女はというと、相変わらず愉快そうに笑みを浮かべている。 『証人、名前を』 『エレーヌ・ド・ポワッソン。ルイ王子の教育係を務めております』  魔法によって再現された場面に現れた過去のエレーヌは、わずかに血の気の引いた白い顔をしながらも、平静に名前を名乗っている。 『証人は、クローデット王子妃が離宮のバルコニーから、被害者を突き落とす現場を見た、と。そういう証言でしたね』  検事役の言葉に、法廷はどよめく。 『静粛に、静粛に!』 『あの……ええと。突き落とす現場そのものは見ていないのです』  それから、エレーヌは証言をする。 『夕方五時ごろのことになります。私は、離宮の中庭側から、建物を眺めていました。日が暮れる時間ですから、夕日に照らされた離宮は、それは美しいので。バルコニーに格別注意を払っていたわけではないのですが、人がいることは認識していました。でもその瞬間は、ちょうど目を離していたと思います。すごい物音がして、二階のバルコニーの手すりが欠けて落ちて行きました。それと同時に、人が落ちたのも見えました。それは、よく見ると被害者の方でした。そして、バルコニーにいたのはクローデット様でしたわ』 『嘘だ!』  エレーヌの証言を遮る叫び声。それを発したのは、裁判の被告であるクローデットだ。 『私は……私は、呼び出されてあのバルコニーにいた。確かに。だが、断じてシュヴァリエを突き落としてなどいない!』 『クローデット王子妃、お静かに。今は証人の証言を聞く時です』 『この女は嘘吐きだ! 話を聞く価値などない!』  動転して喚き出したクローデットと、それを見つめるエレーヌ。  その場を収めるため、休廷が告げられる。  裁判の傍聴人たちはざわめいて、口々に噂をしているようだった。  その雰囲気を察するに、クローデットの旗色は相当に悪いようだった。 「……ここいらで一度お開きにして、館に戻らない? 裁判は相変わらず続いていくけど、君らは君らで話もあるだろう。裁判を傍聴しながら同時に話をするのも大変だ」  こう提案したのは魔女だった。 「お茶一杯の魔法で、一人の死因を全部解明しないとならないわけじゃないんですか」  シセリアは尋ねる。 「そういうルールはないよ。みんなが自分の死因を理解して、現世に戻ってくれれば僕は言うことないからね」  そう言うと、魔女はまた指を鳴らした。
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