証言と反駁

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証言と反駁

 気がつくとシセリアたちは、再び館に戻ってきていた。目の前のお茶はなくなっていたが、ティーポットからはまだ湯気が立っている。もしかしたら、時間は全く経っていないのかもしれなかった。 「……とまあ、そういうわけだよ。なかなか、面白いと思わないかい?」  魔女はそう言って、シセリアに向かって手を広げて見せるが、シセリアには何が面白いのか分からない。なので、そう答える。 「何が面白いんですか?」 「ここに来て、関係者が増えたわけだ。クローデットは自分は殺していないと言い、エレーヌは殺したはずだと言う。そうだねえ。二人の言葉を検討して真実を追求するのは、この場では君が適任なんじゃないかな?」 「そうですね……」  シセリアは考え込む。  お互いに対立する利害を抱える令嬢たち。  どうやら、この場に招かれた令嬢四人、今は三人になってしまったが、お互いに単純に協力はできないらしい。  そして、死に戻りという不可解な仕組み。  この場を打開するには、どうしたらいいのか。  やがて、シセリアは口を開く。 「……そうですね。私たちは死んでしまったのだから、生きている間の利害の対立を云々しても仕方がない。だから、出来る限り分かっていることを話してくれませんか。……まずは、クローデットさん」 「……ああ」  低い声でクローデットは応じる。 「裁判の経緯を聞く限りでは、クローデットさんは、自分は何も知らない、呼び出されただけだ、シュヴァリエとの怪しげな関係も身に覚えがない、と言うだけですね。これは、真実を語っているわけではない。そうでしょう」 「ご明察の通りだ。私はシュヴァリエに依頼した、ジャクリーヌ・ベルナデットに近づき、契約書を奪うことを」  クローデットの言葉に、シセリアは首を傾げる。 「契約書? 借用書ではなく」 「ジャクリーヌは借用書と言っていたが、あれは契約書だ。ジョルジュ殿下の直属軍の大幅な軍備増強を、ベルナデット商会が支援することを確約している」  シセリアは考え込む。 「不思議ですね。そんな種類の書類だったら、なぜ奪い返す必要があったんですか」 「軍備増強は、本来であれば国王の認可を受けて行わなければならないのだ。契約してから、その不法性をだしにベルナデットは我々を脅し始めた。ジョルジュ殿下が国家転覆を企んでいると訴え出ることも可能だ、とな」 「ふーん、なるほどね……」  納得しかけるシセリアだが、そこにエレーヌが冷たく付け加える。 「それで、毒薬を渡したんですか?」 「エレーヌさん……」 「私が渡したのは睡眠薬だ。ジャクリーヌ嬢を深い眠りに落として、その間にこっそりと契約書を奪い、後はどんな追及をされてもしらばっくれればいい、と」 「だけど、ジャクリーヌさんは死んでしまった」  シセリアは、その場面を思い返す。ベッドで眠っていたジャクリーヌ、そして、泡を吹いて死んでいたジャクリーヌ。 「どうなんでしょうね。睡眠薬と毒薬が混ざったものにすり替えられていたのか、それとも、睡眠薬の分量を間違えたのか」 「それは分からない。いずれにせよ、受け取ったものを、そのままシュヴァリエに渡しただけだ。ジョルジュ殿下に紹介された人物から。……シュヴァリエは契約書を奪ったら、鍵を返し、ジャクリーヌを起こして、何事もなかったかのように帰還するはずだった。だがジャクリーヌは死んでいて、慌ててシュヴァリエは逃げてきた。そうして、」  そんなクローデットの言葉は、ある一言によって中断される。 「……どうでしょうかね? 私は信用できません」 「エレーヌさん?」 「何が不満なのかな、エレーヌは」  楽しそうに尋ねる魔女に、エレーヌはクローデットを冷たく一瞥すると、言葉を続ける。 「ジャクリーヌさんを、というか、ベルナデット商会をそうやって虚仮にして、ただで済むと思っているんですか? ということですよ。睡眠薬をかがされて、大事な契約書は奪われて。自分たちも悪かった、だから今回は見逃してやる、そんな風に容赦してくれるとでも?」 「愚かだった、それは事実だな。ジョルジュ殿下も、私も」 「愚かなのは間違いないですけど。問題は、邪悪だってことでしょう? そんな不法な強奪計画を立てておいて、殺すつもりはなかったなんて、それで話が通ると思っているんですか?」  思いもよらず辛辣なエレーヌに、クローデットは沈黙する。 「……ちょっと、いいですか? エレーヌさん」  そう尋ねたのはシセリアだ。 「何ですか?」 「契約書の強奪によって状況が、ジョルジュ第二王子にとって一挙に危うくなるかもしれない。確かにそれはそうです。でも、だからってジャクリーヌさんを殺してしまったら、それこそ致命的です。完全な敵対行為でしょう?」 「そうだな。私がシュヴァリエに命令したのは、契約書を盗み出したら、何事もなかったかのように鍵を戻し、ジャクリーヌを起こして、そこで一夜を過ごせということだ」  何でもないことのように付け加えるクローデットに、シセリアは一瞬言葉を失う。 「え……」 「ヒュー! えげつないねえ!」  と、これは魔女。 「うーん……」  シセリアは、再び考え込む。 「どうかしたのかい、シセリア?」 「契約書ですよ。これだけ大事な契約書なのに、裁判では一回も出てきませんね。それは、シュヴァリエさんが持っていたはずじゃないですか?」  シセリアの疑問に、矢継ぎ早にエレーヌが続ける。 「それは、彼女が」 「それは、ないと思います。だって、シュヴァリエさんはバルコニーから突き落とされていますからね。シュヴァリエさんの遺体から契約書を回収する機会はなかった。エレーヌさんだって、クローデットさんが落ちたシュヴァリエさんに近づくところは証言していない」 「突き落とす前に、奪い取ったのかもしれないでしょう」 「だったら、クローデットさんがそのまま持っているはずです。だけど、持っていない」  そうしてシセリアは向き直る。 「二人が離宮にいた経緯。それから、シュヴァリエさんが落ちた時の様子。それを改めて二人から聞く必要があります」
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