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夕暮れの離宮で
「……そうだな。裁判で述べたことと、あまり違いはないのだが。……ジャクリーヌ殺害の翌日だ。午前中にシュヴァリエの呼び出しだ、ということで手紙を受け取った。だが私はその時には、ジャクリーヌが死んだことは把握していなかった。離宮に向かう馬車を仕立てて、約束した時間に離宮に辿り着き、バルコニーに辿り着いた。バルコニーの一部が欠けていることに気が付いたが、その時はあまり気にはしなかった。だが時間になってもシュヴァリエは訪れず、やきもきし始めたところで、バルコニーに数名の男が駆け込んできた。それが、シュヴァリエ殺害の報を受けて犯人を確保しにきた兵士たちだった。それが私が見たものだ」
証言するクローデットを、魔女は楽しそうに眺め、エレーヌは薄く開いた目で見守っている。
「ええと。クローデットさん、いくつか質問が」
質問したのは、やっぱりシセリアだ。利害のない第三者としてこの場の状況を判断できるのは、既にシセリアしか残っていない。
「何だろうか?」
「まず、なんで離宮で待ち合わせたんですか? そんな場所であれば、多くの人に目撃されてもおかしくはないと思いますが」
「離宮と言っても、今は使われていない。宮廷は半年ごとに本拠とする宮廷を変えていく。その間に清掃され、王の到着までにはまた華やかな様子を整えるが、普段は閑散としたものだ。手すりが欠けていたのも、不在の間の管理が行き届いていないせいかと思いこんでいたな」
「へえ。あ、でも」
ずっとクローデットの方に注意を向けていたシセリアだが、ふと振り返り、エレーヌの方を見る。
「エレーヌさんも、この離宮に来ていたのですよね」
視線を正面に向けたまま、硬い表情でエレーヌは返答する。
「私は、離宮で暮らしているのです」
「どうして?」
「ルイ王子は、故あってこの離宮の別棟に住居を与えられ、そこに少数の召使とともに生活しています。だから、私はあの日も離宮の別棟にいた。そこからなら、バルコニーの方を見ることは可能です。ご理解いただけましたか?」
「それだったら、二人はバルコニーで待ち合わせない方が良かったんじゃないでしょうかね? 人気のない離宮なら、密談できる場所は他に、いくらでもありそうだし」
そんなシセリアの疑問に、返事を返したのはクローデットだった。
「本棟のバルコニーと、別棟は庭園を挟んで向かい合っているからな。あちら側から人が見ているかどうかは一見では分からない。呼び出しの場所がバルコニーでも、あまり違和感を覚えなかったのはそのためだ」
「ううん……」
シセリアは首を傾げる。すでに何度も首を傾げて、いい加減頭が重くなっているようにも感じていた。
「どうかしたのかい、シセリア?」
「何か、腑に落ちない部分が……」
奇妙な部分はないか。
どこか、二人の証言で矛盾している場所はなかったか。
今の証言だけではなくて、これまでの言葉からも。
シセリアは思い返してみる。
確か、エレーヌはこう証言していたはずだった。
『すごい物音がして、2階のバルコニーの手すりが欠けて落ちて行きました。それと同時に、人が落ちたのも見えました。それはあの、被害者のシュヴァリエ様でした。そして、バルコニーにいたのはクローデット様でしたわ』
「……おかしいですね」
「へえ」
魔女の青緑の目がきらりと光る。
「クローデットさんのお話によれば、本棟のバルコニーと別棟は距離があります。それなのに、エレーヌさんは二人を確かに見たという。何故でしょう?」
シセリアの指摘に、エレーヌの蒼白い顔が強張る。
「私は……そうですね。それでも見ました、あの二人を。私はそう思っています」
「思い違いということは?」
「思い違いかどうかは、自分では判断できないと思いますけど?」
反駁するエレーヌ。その緊張した表情とは裏腹に、魔女の笑みは強く、深くなる。
「君はどう思うんだい、シセリア」
「エレーヌさんはこうも言っています、『すごい物音がして、バルコニーの手すりが欠けて落ちていった』と。つまり、もっと近くで事件を目撃している。そういうことではないでしょうか」
「…………ッ!」
顔を強張らせるエレーヌだが、しばらく沈黙し、それから口を開く。
「……別に、事件を目撃した瞬間に、ちょうど別棟にいた、とは言っていないでしょう。そう、庭園から。バルコニーの近くから、事件を目撃したのです」
「なぜその瞬間、庭園にいたのですか?」
「私は離宮で暮らしているのですから。庭園のバラをルイ王子様にお見せするために、切っていたのです」
これまでエレーヌの話にだけ登場した、第一王子アレクサンドルの息子、ルイ王子。
エレーヌの言葉を聞いていると、彼女はルイ王子のことを大事に思っているようだった。
「納得は行ったかな、シセリア?」
「矛盾はないかもしれませんね。でも」
「でも?」
「一つ、可能性ができます。シュヴァリエさんがバルコニーから落ちてから、クローデットさんが兵士に確保されるまでの間に、シュヴァリエさんに近づいた可能性のある人物。それは、エレーヌさんです」
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