謎の手紙

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謎の手紙

「エレーヌ、貴様……!」  シセリアの指摘に、クローデットは激しい勢いで椅子から立ち上がる。 「エレーヌさん……」  クローデットとシセリア、二人から名前を呼ばれても、エレーヌは答えない。 「…………」 「エレーヌさん、どうなんですか。認めますか、それとも、否定しますか」  シセリアは再び尋ねる。 「……何を認めろというのかしら」  再び口を開いたエレーヌの口調は穏やかだったが、声は低く、どことなく凄味が漂っている。 「バルコニーから落ちたシュヴァリエさんに近づいて、契約書を持ち去ったことを、です」  シセリアは慎重に口を開き、エレーヌの様子を窺う。 「どうしてそう思うのかしら?」 「あなたにはチャンスがあった。そうじゃないですか」 「かろうじて、そのチャンスはあったと言えないこともないかもね。だけど、何故私がそんなことをしなければならないの?」  首を傾げて、シセリアを見据えるエレーヌ。その態度からは、徹底的に言い抜けてやろう、そういう姿勢が垣間見える。地味で大人しく、目立たない彼女の第一印象は、ここに来て書き換えざるを得ない。 「……じゃあさ。逆に考えてみないか、シセリア?」  ここで口を挟んだのは魔女だ。 「エレーヌに契約書を持ち去る動機があったとすれば、それは何だと思う?」 「それは……」 「エレーヌの役職は何だったっけ? 思い返してごらん、シセリア」  言われてシセリアは思い返してみる。エレーヌの役職とは。 「『アレクサンドル王太子の子息、ルイ王子の教育係』……でしたね」 「そう。つまり、エレーヌの動機があるとすれば、ルイ王子に関係していること、それが一番可能性が高い。そうだよね、エレーヌ?」  この魔女はここでエレーヌに話を振るのかと、シセリアは半ば感心し、半ば呆れてしまう。一方のエレーヌはというと、鋭い眼差しで魔女を睨み付けていた。 「魔女さん。ねえ、いいでしょうか?」 「何かな?」 「これがゲームである、そう仰る割には。公正な審判の役割を果たしていないんじゃないですか?」  低い声で詰問するエレーヌに、魔女は大袈裟に首を傾げて見せる。  「うーん……『みんなが自分の死因を理解して、現世に戻ってくれれば僕は言うことない』、そう言ったよね。君たちの対立関係に口を出さない、僕はそんな約束はしていない。そもそも君たちには、対立する理由なんてないはずだよ。だって、協力して自分たちの死因を探って、生き返るのが目的だし。エレーヌだって自分の死因、知りたいでしょう?」  人を食った笑みを浮かべながらそんなことを言う魔女。それをもう一度鋭く睨みつけると、エレーヌは一度目を伏せる。 「とにかく。契約書がこの場に存在していた、そんな証明はされていませんよね? シュヴァリエはそれを、離宮には持ってこなかったのかもしれない。保身を考えたら、そういう選択肢を取ってもおかしくはないと思いますけど」  あくまで冷静な口調を崩さないエレーヌ。  死してなお、その生前の利害に執着する理由は何なのか。  彼女をそこに縛り付けている理由とは。  シセリアは考える。 「エレーヌさん」 「何かしら」 「あなたがしたことが、何であったとしても。きっとそれは、ルイ王子様のためだったのでしょう。でも」 「でも?」 「それは、ルイ王子様のためになるんでしょうか?」  シセリアの言葉に、エレーヌは初めて怒りを見せる。 「あなたに何がわかるの。私が、いままでどんな思いをしてきたのか。……ルイ王子様が、どんな孤独を味わわれてきたのか」  やっぱりそうだと、シセリアは考える。  エレーヌの鍵は、ルイ王子だ。 「……分かりません。でも」 「でも? 何だというの」 「あなたも、殺されているんです」 「!!」  エレーヌは絶句する。  ここに至って、シセリアも気が付いていた。  エレーヌの平静な仮面の下には、不安が荒れ狂っていることを。 「あなたがここで起こした行動は、たぶん。あなたの死の原因となり、そして、きっとルイ王子様をも危険に陥れている。だから、生きていた頃の目的に執着するのは、もうやめましょう」 「…………」  エレーヌは沈黙すると、やがて、椅子に腰を下ろす。  極度に疲労したような、表情。  やがて、エレーヌは口を開く。それは、静かで細い声だった。 「……手紙が、来たの」 「手紙?」 「『シュヴァリエという男が、契約書を持って離宮のバルコニーを訪れる。彼がそこから落ちたのを確認したら、近寄って彼の体を調べ、契約書を回収しろ。その契約書を調べれば、ルイ王子の王位継承の鍵があることがわかる。それを確認したら、バルコニーにいたのがクローデット王子妃だったと証言しろ』と」 「それを、信じたんですか?」 「半信半疑だったわ。どっちにしろ人がバルコニーから落ちて怪我をするのだったら、介抱してやらないとならないし。実際にそれは起こった。そして、シュヴァリエは手紙の通りの契約書を持っていた。だから、私は」  掠れた声でエレーヌは言葉を紡ぎ、残りの三人はそれをただ黙って見つめていた。
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