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二人の世界
再び魔女の屋敷に戻ってからどんな会話をしたのか、どうやって部屋に辿り着いた、それからいつベッドに潜り込んだのか、シセリアはよく覚えていない。覚えているのは、見た夢のことだけだ。
グザヴィエは自分の家族の話をしてくれた。
グザヴィエの家は小作農だったという。貧しかったが、両親は愛情を持って育ててくれた。他に二人の兄と、小さい弟と妹がいたそうだ。
幸せは長く続かなかった。重い租税の取り立てに窮した農民の集団が起こした暴動に、グザヴィエの父と、二人の兄が加わったのだ。暴動は鎮圧され、皆捕らえられ処刑された。母は暴動に連座していなかったものの、首謀者に近い者の妻ということで、やはり捕らえられ、帰ってこなかった。
自分と幼い弟妹は近隣の家で匿ってもらったが、いつまでもそこにいたらその家にまで連帯責任がおよびかねない。三人は離れ離れになり、もうどこにいるのかも分からない。弟は運が良ければ上手くやっていくだろうが、妹のことは心配だ。農村を渡り歩く卑しい商売女として人々から蔑まれ、やがて儚い人生を閉じたのでは、あるいは閉じることになるのではと、グザヴィエはそれだけが気がかりだと言う。
グザヴィエは都会に流れてきた。口では言えないほど酷い生活をしてきたが、数年で牢番の職を得た。そして、運が良く教養ある囚人の牢番に就くという幸運を得るにあたって、彼から読み書きや、その先の勉強を教わる機会があった。その囚人の彼も、やがては処刑されてしまったが。とにかく、そのおかげで今の地位を得ることができたと、そうグザヴィエは教えてくれた。
そう、そうだった。
この世界は、シセリアのためにはできていなかった、最初から。
そして、グザヴィエのためにもできていなかった。
だから、それを変えたいと願った。
シセリアとグザヴィエの生きられる世界を作る。だから、そう、シセリアは——。
そして、またお茶会の時間だ。
「またまた、お寝坊さんみたいだね、シセリアは本当に」
安楽椅子の魔女は、シセリアに笑いかける。
「夢のせいです。本当に溺れるような、深い夢で」
その言葉に、魔女の目がきらっと光る。
「どんな夢か、教えてもらってもいいかな?」
「どうでしょうか。この場のお話に関係があるのか、まだ分からないので……私には」
そんな風に、シセリアは曖昧に答える。それすらも魔女にとっては面白いことのようで、ニヤニヤ笑いながら席に付くことを勧めてくるのだった。
テーブルの上で拳を握りしめ、沈黙するのは、今日はエレーヌだった。テーブルを囲むのは、今はもう他には誰もいない。
「少しずつ思い出してきた? エレーヌ」
そういえば、とシセリアは思い返す。昨日、クローデットは言っていた、だんだんと思い出してきたと。
「…………」
エレーヌは答えない。握りしめた拳を僅かに震わせてすらいる。その様子は、覚悟を決めた様子のクローデットとは違っているように、シセリアには見える。
「……ええと、あの。魔女さん」
「何だい?」
「自分の死を見ていく日になると、記憶を取り戻す、そういう感じなんですか?」
「そうだな、細かい部分はその人によりけりだけどね。……死はそれだけ衝撃ってこともあるし。それに」
「それに?」
「自分の罪を最初から全部認識していたら、死の原因を深く探ろうなんて気にはならないんじゃない? 少しずつ思い出すのが、一番いいんだよ」
そう言って魔女は、屈託のない満面の笑顔を浮かべる。その言葉の端々はシセリアにとっては、やっぱり謎が多い。
「じゃあじゃあ、ゲーム開始だ。みんな、準備はいい?」
今夜も、お茶がカップに注がれる。
青緑の深い色。
そこには死の罠が隠れているだろうことを、シセリアも意識せざるを得ない。
エレーヌ・ド・ポワッソン、二十六歳。ポワッソン子爵家の三女。
ポワッソン子爵家は古い貴族の家系ながら、領地経営が厳しく、商人たちに借金を抱えている。
そんな風に裕福ではなく、領地相続権にも絡まず、地味な容貌のエレーヌは社交界への進出も、結婚による成り上がりも諦めた。代わりにより身分が高く裕福な王侯貴族のための家庭教師となるべく深い教養を付け、若いうちに王宮にてその職を得た。王太子アレクサンドル子息、ルイの教育係となったのも、その研鑽と努力の成果である。
気がかりなのは、八歳になるルイ王子のラマルタン王国宮廷における立ち位置である。外国から迎えた先妃と王太子アレクサンドルは折り合いが悪く、数年前に離婚が成立していた。新しく迎えた妃との間に誕生した弟をアレクサンドルは嗣子とするのではないかと、宮廷内では噂されている。
この状況に追い討ちをかけたのは、国王クローヴィスとアレクサンドルが時を置かずして病に倒れたことだ。アレクサンドルの次の継承者を決めることが、宮廷にとって火急の要件となってしまった。ルイ王子は継承権争いにおいて決め手を欠いている。——
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