燃え盛る屋敷の中で

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燃え盛る屋敷の中で

 シセリアは目を閉じて、開ける。  今回はそれが、ほとんど一瞬だったように感じる。眼球が一回転してまた戻ってきたような目眩を感じるが、この目の痛さはあるいは、再現されている光景自体のためかもしれない。  辺り一面が、炎、炎、炎。  どうやら、元々は貴族の屋敷の一室だろうと思われた。高い天井に白い漆喰の壁、壁面にも天井にも繊細な装飾が施されている。しかし、現在はその火の手が、天井にまで届こうとしていた。 「ああ……」  傍らの人物から発せられた呻き声をシセリアは聞く。エレーヌだ。  それからエレーヌはふらふらと、部屋の一角へと歩み寄る。  やや小ぶりな天蓋付きのベッド。  炎は、その天蓋にも燃え移っていた。 「エレーヌさん、危ないですよ!」  思わずシセリアは声を掛ける。それに返答を返すのは魔女だ。 「君こそ、忘れたのかい? ここは魔法で再現された事件現場だし、それに僕らはもう死んでいる」  天蓋付きベッドの手前で、エレーヌは力なく崩れ落ちる。  そこにはもう一人、エレーヌがいた。  身動きはしていない。煙に巻かれて、もう息がないのかもしれない。  エレーヌは、その腕に誰かを抱き抱えている。年端もいかない小柄な少年だ。  黄金色の巻毛、愛されなかった王太子の息子、ルイ。彼もまた、事切れていた。  火の粉が飛んできては焼け焦げを作っている白いシーツには、ルイの体から流れた血液が散っている。 「ああああ……ああああああ!!」  その光景に、エレーヌは絶叫する。 「エレーヌさん、落ち着いて! しっかりしてください!」 「……シセリア。そのままにしてやった方がいい。自分の愚かさの帰結をその身に感じるのに、誠意のこもらない他人の慰めなんて役に立たない。逆効果だよ」  そんな魔女の言葉、そこに含まれる刺。  それはエレーヌにも、そしてシセリアにも向いていて、シセリアにはそれが少し気にかかる。  だが、この場を検分して客観的な判断を下すのは、どうやら今回も自分の役目であるようだ。 「……ねえ、魔女さん。ここはどんな場所なんですか」 「昨夜のエレーヌの言った通りの場所さ。ラマルタン王国離宮、その別棟。エレーヌとルイ王子が起居していた住居だよ」 「ふうん。……お父さんや他の宮廷の人々と一緒には生活しないで、別のところで暮らしていた、と」 「ルイ王子は、冷遇されていたからねえ」  床にくずおれたまま、微かな嗚咽を上げているエレーヌを遠巻きに眺めながら、シセリアと魔女はそんな会話をしている。  この状況でシセリアには、一つのことが気にかかった。 「……冷遇なんですかね? 本当に」 「どういう意味だい?」 「こんな風に居心地の良い家に住めて、召使もいて、エレーヌさんみたいな教育係も付けられて。十分幸せじゃないですか?」 「いろんな考え方があるからね。本人次第じゃないかな」  魔女は肩を竦めるが、シセリアはさらに続ける。 「こういう考え方もできると思うんです。お父さん……アレクサンドル王太子は、ルイ王子を権力争いから遠ざけたかったんじゃないかと。だって、権力争いに巻き込まれたら、あんなことになるんですよ。ジャクリーヌさんや、クローデットさんみたいな」  シセリアの言葉に、エレーヌは頭を抱え、掠れた声を出す。 「私が…………私が、あんなことさえしなければ……」 「エレーヌさん?」 「私が! 私が愚かだったんです! 私がいなければ! 私さえいなければ!」  エレーヌは叫ぶ、まるで地獄から聞こえてくるような声で。 「……エレーヌさん、あなたは」  呟くシセリアに、魔女はくすくすと笑う。 「どうやら、見てみる必要がありそうだね。エレーヌが、どんな愚かな真似をしたのか」
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