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開幕
「さあ、お茶会の始まりだ。それとも、もっと説明が必要かな?」
その言葉に、シセリアは閉じていた目を開ける。
どれだけの時間、目を閉じていたんだろうか。
いつからここにいたんだろうか。
朗々と言葉を発したのは、縁に様々な空想上の動物の彫刻が施された巨大な安楽椅子に、深々と腰を下ろした『魔女』だ。彼女が魔女であることは、その言葉を耳にした瞬間からシセリアにも分かっていた。だが、他のことはなにも分からない。
この魔女は、さながらおとぎ話の魔女といった雰囲気だ。藁の色の髪を二つに束ねて、濃い藍色のローブにとんがり帽子の服装、雀斑の多い肌に丸眼鏡を掛けていて、深い青緑色の目で一同を愉快そうに見渡している。そんな素朴さを感じさせる容貌ながら、体格は堂々としていて胸も大きめだ。
それから、魔女の傍らにひっそりと男性が立っている。魔女の従者だろうとシセリアには思われた。すらっとした黒色の絹の衣装に、間隔を開けて白の細い線が入っている。それに白の手袋を嵌めていて、また動物の骨でできた大きな仮面を被っている。背が高く、逞しい男の体格をしているが、一言も言葉を発しないので、若いのか年寄りなのかもシセリアには窺い知ることはできない。
また一際目を引くのは、魔女の座る後ろの壁に据え付けられた、巨大な砂時計だ。円形をした木の枠に、瓢箪型の透明なガラスでできた砂時計が設置されている。砂時計の砂が落ち切ると、壁に据え付けたままで砂時計を回転させられる構造をしているようだった。残り僅かな砂時計の金色の砂はしかし、さらさらと下に落ちていくことはなく、空中で静止しているようにシセリアには見えている。
魔女の目の前には、マホガニー製の大きな円形のテーブルがあり、天井から垂れ下がったシャンデリアの灯りによって照らされている。テーブルの脚や、テーブルの上の調度品は全て金色に光っていた。
テーブルを囲んでいるのは四人の若い女性たちだ。女性たちはシセリアを除いて皆、それぞれに仕立ての良い服を着ており、身分卑しからぬ貴婦人のようだった。
「まだ、全然説明されてないわよ!」
テーブルを囲む女性の一人から、不満げな声が上がる。魔女の右隣に座る、明るい茶色の髪の若い女だった。赤紫のドレスはリボンで飾り付けられ、膨らんだ袖に、襟元はレースで覆われている。そんな可憐な衣装とは裏腹に、彼女は不満そうに口を尖らせている。
「謎解きをしてほしい、そうすれば帰してくれると、そういう話だったな?」
続いて口を開いたのは、彼女の右隣に座る、高貴そうな女性だ。見事な明るい金髪の髪を高く結い上げた、氷のような美貌の女で、銀糸で織られた、襟ぐりの大きく開いたドレスに、高い飾り襟はさながら女王の風情だった。
「何よそれ、わたくしは聞いてないわよ!」
声を上げたのは最初の女性。魔女は鷹揚な様子で返事を返す。
「すまないね、最初の案内で手違いがあったようだ。ゲーム開始前にはみんなに平等に説明が行き渡るから、安心して欲しい」
「ゲーム? なんなんですか、それは」
口を挟んだのは黒髪の女。目が小さく雀斑があって、この面々の中では地味な容貌と言えた。また、控えめな細い声は、よく言えば上品、慎重、悪く言えば臆病そうにも響く。それは、彼女の格好の印象にもよっているかもしれない。肌の露出が少なく、心なしか暗い色合いの衣装を纏っていて、髪の結い方も大人しかった。
「それもこれから説明しよう。君はどうかな、シセリア?」
言われてシセリアは、はじめて自分の外見、そして服装に意識を向ける。
体格は痩せていて小柄、髪も肌も雪のように白い。膝丈までの粗末な麻の服、その下はまた粗末な下着、それだけの格好だった。こんな格好でいたら凍えてしまいそうなものだが、幸い室内は暖かい。
なんでこんな格好をしているんだろう?
なんでここに招かれているんだろう?
ここに来る前は、何をしていたのだろう?
そもそも、自分はこれまで、どういう存在だったのだろう?
「……うっ……」
考えているとキリキリと痛んできた頭を抱えてシセリアは呻く。そんなシセリアを眺めつつ、魔女は言葉を続ける。
「どうやら、記憶が混乱しているみたいだね。他の三人の君たちも、全ての記憶は蘇っていないかもしれないな。まあ、それもだんだんとわかることだ」
「記憶の混乱? どういうことよ」
明るい茶色の髪の女の言葉に、魔女は答える、実に愉快そうに。
「彼女は、死にたてほやほやだからね。それだけのことさ」
「し、死んだぁ? どういうことよ!」
「……彼女は、生きているように見えますが」
「そうだな。なぜ私たちがここにいるのか、その説明は受けていない」
口々に疑問を呈する女性たち。シセリアも口を開く。
「あの……ええと。まず、ここはどこなんでしょう」
シセリアの意識は室外へと向かう。壁のうち二面の中央には窓があり、重たげな藍色のビロードのカーテンが掛かっている。窓の外は、夕闇が広がりつつある時間のような青、緑、灰色の中間の空、その下は森閑とした暗灰色の世界が広がっていた。
魔女は手を広げると、その言葉を口にする。
「死者の世界と生者の世界の狭間、そこを訪れた客人のための憩いの館さ。つまりね、君たちは死んだんだよ」
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