脅迫

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脅迫

 魔女はまた、指を鳴らす。  だんだんと炎に包まれゆくベッド、そこにいたエレーヌとルイ王子ごと、空間が溶けて、また新たな形を取っていく。そうして形成されたのは、打って変わって、明るい部屋だった。 「ここは……」  きょろきょろとシセリアは周囲を見渡す。小ぶりだがあちこちに華麗な装飾が施された部屋で、魔女の館やルイ王子の居室とも違っている。勢を尽くした王侯貴族の居城の風情だった。 「そっか、君は来たことがなかったんだっけ? あれ、どうだったかな?」  魔女は大袈裟に首を傾げる。掠れた声で答えるのはエレーヌの方だ。 「王宮の、応接室です。国王がおわす、本宮の方の」  小さなテーブルを挟んで向かい合うのは、エレーヌと、豪華な衣装を纏った金髪の男、そして後ろに控えるのは黒いフードとマントを被った背の高い男だった。金髪の男の方はジョルジュ王子だと、昨夜、最後に見た映像をシセリアは思い出す。 『証拠を掴んでいます。あなたがたが、ベルナデット商会と交わした約束について』  そう告げる過去のエレーヌは、襟元までを覆う黒っぽい外出着に、レースでできたベールの付いた小さな帽子を被っていた。ベールに遮られてその表情を窺い知ることは出来ないが、腕は腹の上で組まれていて、その動きは固い。 『何を要求されるつもりなのかな? 金か、待遇か』  そう答えて掌を返して見せるのは、ジョルジュ第二王子その人だ。 『それであれば、身分を偽って、代理を立てて間接的に接触したでしょうね。手の内を隠しても無駄ですから』  それから、エレーヌは発する、その言葉を。 『ジョルジュ王子、あなたは王位継承を諦めてください。そして、ルイ王子の王位継承を全面的に後押ししてください。既に人が死んでいる。あなたの幸運は尽きています。ですから、今できる最善の選択を』 『…………』  ジョルジュ王子はしばし沈黙する。その硬い表情に一瞬、勝機を見出しかけたかのような顔をエレーヌがしたように、シセリアには感じられる。だが、続けて王子が口にしたのは、予想外の言葉だった。 『ベルナデット商会から契約書が無くなっていたらしいな。それは私たちも聞き及んでいる。もしあなたがそれをお持ちなら、是非返却をいただきたい。我々の方で彼らに返しておこう』 『何を……!』  椅子から立ち上がりかけるエレーヌ。それを制するかのように、ジョルジュ王子は両手を広げる。 『クローデットはシュヴァリエとの不貞の末、痴情の縺れから彼を突き落とした。それだけなら見逃してやれたが、打ち所が悪くて死んでしまった。それだけのことで、ベルナデット商会は何も関係がない。巻き込まれたジャクリーヌ嬢こそ気の毒なことだが』 『毒殺までしておいて、そんなことがよく言えますね?』 『ジャクリーヌ嬢の死に関しては、捜査が進行中だ。なぜ死んだのかすら本当には分かっていない』  そう言うと、ジョルジュ王子は振り返り、後ろにいる黒衣の男に向かって確認して見せる。 『なあ、そうだろう?』 『はい』 『とのことだ。お分かりかな? エレーヌ嬢』 「……王侯貴族って、みんなこんな二枚舌なんですか?」  思わずシセリアは、傍らにいた魔女に確認してしまう。 「二枚舌、と言っていいのかな」 「要求が金か待遇だったら認めそうな素振りでしたよね、この人。でも、そうでなかったから、あくまでも認めないって態度にころっと転換した」 「彼も必死なんだよ、きっと。動揺を顔に出さないのが王侯貴族の務めなんじゃないかな。……まあ、僕にはよく分からないけどね。その辺は君の方がよく知ってるんじゃないかな?」 『……いずれにせよ。あなたがたが、王権を飛び越えて危険な契約をベルナデット商会と結んだことは、紛れもない事実。ゆっくりご検討くださいな』  落ち着きを取り戻したかのように、静かな声で過去のエレーヌは告げる。 『それは、次の王が誰になるかにもよる話ではないかな。いずれにせよあなたの立場としては、素直に返却するというわけには行かないようだ。我々も四角四面に法運用するばかりではない。あなたの提案については考慮しよう』  その言葉で、この会合はお開きになったようだ。  ジョルジュ王子は椅子に腰掛けたまま、部屋を出ていくエレーヌを眺めていたが、やがて後ろの男に向かって目配せをする。  その姿を最後に、二人の人物、そして応接室の光景は、まるで蝋燭の煙のように溶けていった。
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