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全ては灰に
シセリアたちは戻ってきた、火事になったルイ王子の屋敷、ラマルタン王国離宮の別棟に。
あれから時間が経っているらしく、火災はほとんど止んでいた。夜空は厚い雲に覆われていて、雨粒が後から後から落ちてきている。
もしかしたら、雨が火災を消してくれたのかもしれない。だが、屋敷はほぼ焼け落ちていて、崩れた煉瓦の壁と瓦、割れたガラスの間で、焼け残った柱が黒々と天に向けて突き立っているだけだ。
今のシセリアたちが立つ足元近くにも焼け焦げた跡があった。
今はもう燃え滓となった天蓋付きのベッドと、そこに横たわる、二つの焼死体。
そこにか屈み込んで、エレーヌはすすり泣いていた。
「エレーヌさん……」
「一人にしてやろう」
魔女は押し殺した声で呟き、シセリアを促してエレーヌから少し離れる。
「……火災に気がついた人はいなかったんでしょうか」
「離宮は、市街地からは離れているからね。それに今は使用人もあまりいないし。気が付くとしたら、ルイ王子に仕えていた人たちぐらいだったかもね。ねえシセリア」
「なんでしょうか?」
「そろそろ、思い出してこない?」
「……何をでしょうか?」
シセリアは首を傾げる。どうも、今日になってからと言うものの、魔女の言葉の端々が引っかかるようにも感じられる。
「……ええと。この火事は、ジョルジュ王子の仕業なんでしょうか?」
「どうかな。それもこれから見て行こうか?」
遠くから歩いてくる数名の男たちをシセリアは認める。入り口の方から離宮に侵入してきたようだ。皆黒いフードとマントを被っており、暗くもあって顔ははっきりとは分からない。だが、その一人は、ジョルジュ王子の後ろに控えていた男と背格好がよく似ていた。
男たちは焼け落ちた廃墟へと歩みを進めると、手にしていた棒であちこちを突き、灰を掻き分け始めた。
「……何をしているの」
我に帰ったような声でエレーヌは呟き、棒を手にしていた男たちから急いで飛び退く。男たちは、ルイ王子とエレーヌの焼死体すら、棒を使って掻き分けようとしていた。正確には、二人の死体の下の、焼け残ったベッドの灰を。
そんな風に男たちは棒で灰を掻き出し、何かを探しているような風情だった。だが、何も見つけられなかったのか、一時間あまりの捜索の後、諦めて引き上げていく。
シセリアたちは、急いでその後を追った。
離宮の入り口付近に止まっていたのは馬車だった。高貴な人が乗るような、豪華な装飾が施された二頭立ての馬車の後ろには、黒っぽく目立たない、大きめの馬車が止まっている。
男たちは後ろの馬車へと入っていくが、一人だけ前の豪華な馬車に近づき、報告する。
「見つかりませんでした。契約書も、何も。全て灰になったか、あるいは」
背の高い男の、くぐもった声。
シセリア、ねえ、シセリア。
その声に、聞き覚えはなかった?
本当に?
豪華な馬車の窓にはカーテンがかかっていたが、手だけが出てきて、何事かを告げる。
「王子が灰になってしまえば、契約書など意味を持つまいよ、彼らには。後は王位継承さえ決まれば、契約の問題など無いも同然だ」
それは、ジョルジュ王子の声だった。
「ジョルジュ王子は、悪辣だねえ?」
雨の中駆け去る二台の馬車の後ろ姿を茫然と見つめるシセリアに、魔女が愉快そうに声を掛ける。
「つまり……そういうことなんでしょうか。全ては、ジョルジュ王子の陰謀だと」
「どうかなあ。ねえエレーヌ、どう思う?」
エレーヌは拳を握り締め、雨の中で立ち尽くしていた。
狂気じみた悲嘆と絶望、そして怒り。
それらを全て抱えながらも、エレーヌの声は、しかし不思議と静かで、穏やかだ。
「私は、そうは思いません」
そして、エレーヌは決然と、その言葉を口にする。
「真の首謀者は、別にいる」
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