罪人たち

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罪人たち

 お茶の魔法の効力が切れて、三人が魔女の館に戻ってきても、まだ魔女は大笑いしていた。  空になったティーカップは、しかしながらまだ温かく、青緑の液滴と澱が底の方に溜まっている。 「あはは、あはは、あははっははっはははは!! まっったく、おかしいよね。そうは思わないかい!?」  魔女は笑いのあまり、涙を流している。一方で、シセリアも、エレーヌも、どちらも無言のままだ。  やがて口を開くのは、エレーヌの方だった。 「私には、あんまりおかしいとは思えませんね」 「まあ、エレーヌにとってはね。でもさ、シセリアからしたらさあ」  そこまで言うと、魔女は笑うのをやめて、シセリアに向き直る。 「そう、つまり。全ては、国家転覆を企んだシセリアの陰謀だったってわけさ。……ねえ、シセリア。今までずっと、君は自分が企んだ陰謀の推理をしてきた。分かるかい?」 「何を……ですか」 「自分がいままで、どんなことをしてきたのか。君の作り上げた陰謀の世界が、人々に何をもたらしてきたのか。君はそれを目の当たりにして、どんな風に考えて、どんな風に思った?」 「……それは、私も興味がありますね」  と、静かで冷たい、淡々とした声で付け加えるのはエレーヌだ。 「ああ、ごめんねエレーヌ。他の二人と同じで、君はゲームの最後まで見届けることはできないんだ。まだシセリアには、最後のゲームが残っている。自分の死の原因を、自分で推理するゲームが。だから、申し訳ないけど君は退場だ」  そして、魔女はエレーヌに向かい、手を掲げる。 「エレーヌ・ド・ポワッソン。君は、死に戻るかい? それから、記憶を継承するかい?」  それに即座に答える代わりに、エレーヌは目を閉じると、しばし沈黙し、それから目を開くと語りかける、シセリアに向かって。 「ねえ。……ええと。シセリア殿下とお呼びした方がいいでしょうか? それとも、シセリアでいいかしら。……私、不思議とそこまで、あなたを責める気にはならないの。だって私たちには、一人として善人はいない。みんな、してはならない選択をして、踏み越えてはならない一線を超えた。だから、ある意味では自業自得。犯した罪に対して、支払った対価が大きすぎるのも仕方がない。……だけど」  そこで、エレーヌは一度言葉を切る。 「ルイ王子様は。ルイ王子様だけは。それだけは、私はあなたを許さない。絶対に」  それから、エレーヌは再び、魔女の方へと向き直る。 「私は、死に戻ります。そして、記憶も継承します。今度こそ、ルイ王子様をお守りできるように。大事なものを失わないために。そして、恐ろしい陰謀に巻き込まれて、その成立に手を貸すことのないように」  迷いが完全に消えたエレーヌの真っ直ぐな目、そこからシセリアに向けられる敵意。一方のシセリアは、テーブルの上の、空になったティーカップに視線を落としてしまう。  記憶、そうだ、記憶だ。  考えてみれば簡単な話だった、少なくともシセリアにとっては。  薔薇の痣、悪魔の徴。王の四人の娘の末裔にかけられた呪い。  忘れられたはずのその証が、どうしてシセリアにとってただちに苦難となったのか。  王家には、その伝承が残っていたから——そのピースさえ埋まってしまえば。  そしてそれは、生まれてから死ぬまで、牢獄に繋がれる人生をシセリアに約束した。  そうだった、最初から。  自分は一人で、味方と言える存在はいなかった。  暗闇の中で交わした誓い。  味方はいない、グザヴィエを除いては。  でもグザヴィエは? グザヴィエは今、どこにいるんだろう。
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