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真実
その後のことは、シセリアには何も分からない。
部屋に帰って夢を見たのか、魔法のお茶の作用で過去の自分の記憶を見たのか。
何が現実として経験していることで、何が幻影なのか。その境界にさして意味があるのか。
この生者の世界と死者の世界の狭間に位置する館、そんな夢のような場所において。
代わりに、シセリアは思い出す。
全てを。自分が、どんな存在であるかを。
牢獄の少女シセリア、別名、シセリア・ド・ラマルタン。
ラマルタン国王クローヴィスの末娘であり、王位継承順位に名を連ねる嫡子である、本来であれば。
胸の間にくっきりとした薔薇の形の痣を持って生まれたこと、それは彼女の運命を根本的に変えてしまった。
薔薇の痣は悪魔の徴。
建国後百年余りで悪魔の徴の継承者を探す慣習は失われたものの、その伝承はラマルタン王家にずっと残っていた。
数百年ぶりに悪魔の徴を持って生まれた赤子が王家にいたことは、密かな、重大な事件となった。
王国が危機にある時にはその生命を捧げ、容赦ない時間の作用から王国の命運を救い出す。
薔薇の痣を持って生をうけた時点で、シセリアは王女ではなく、悪魔に捧げられた生贄だった。
やがて来るその日のために、シセリアは幽閉された。王国の初期に密かに作られ、維持されてきた、生贄のための監獄塔で生涯を暮らすことになったのだ。
その存在を知り、気にかけ、世話をしていたのは限られた者たちだ。
毎日顔を合わせるのは、牢番のグザヴィエだけ。
しかし、グザヴィエは王宮の者が望むような扱いを、シセリアにはしなかった。
彼女が人間であることを教え、運命の理不尽さを教え、それから反逆することを教えた。
国家転覆計画は、どちらが先に提案したのだろう。
どちらがどちらとも言えない、何時間も、何日も二人は話し合って、計画を練った。
その計画を語り合っている間は、薄汚く日が差さない監獄塔に囚われていることを忘れていられた。シセリアにとってはそれが何よりも大事なことだった、そう、自分の命より。
シセリアとグザヴィエをこんな目に合わせたラマルタン王家を、王国を滅ぼす。この命に代えても。たとえ、この身が灰になったとしても。
それが、シセリアにとっての至上命題だった。
「お寝坊さんだねえ、シセリアは!」
何度目かの挨拶を、魔女はシセリアに向かって投げかける。
お茶会の列席者はもう、他にはいない。
今日のシセリアの席は、魔女の真正面だった。
すでに席にはティーカップが置かれ、青緑のお茶が注がれていた。
もう、話し合うことなど何もないのだ。選択肢も、シセリアにはもう存在していない。
シセリアは席に付く。
カップに注がれた青緑の闇に向き合い、覗き込むと、それを一気に飲み干した。
ラマルタン王国において、第二王子ジョルジュによる陰謀が突如、明らかとなった。
軍備拡張と私兵化による王権簒奪計画。その噂は当初困惑を持って迎えられた。
しかし、ジョルジュ王子によるルイ王子殺害の根拠とともに、軍備拡張に伴う大幅な増税計画が明るみになるに至り、折からの困窮にあった市民の不満が爆発する。
先頭に立ったのは、幽閉の王女、シセリア・ド・ラマルタン。
息女ジャクリーヌ殺害の憂き目に遭ったベルナデット家の援助を受けたシセリア王女は、軍隊を掌握すると、国王クローヴィス、及び王太子アレクサンドルに退位を迫ったのだった。——
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