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ゲーム開始
明るい茶色の髪の令嬢、ジャクリーヌ・ベルナデット、二十歳。ラマルタン王国の首府にある裕福な商人の家の娘で、近々結婚を控えている。
輝かしい金髪の令嬢、クローデット・ド・ブランビル、二十四歳。ラマルタン王国の侯爵令嬢にして第二王子、ジョルジュ・ド・ラマルタンの妃だ。
慎ましやかな黒髪の令嬢、エレーヌ・ド・ポワッソン、二十六歳。ラマルタン王国に仕える貧乏子爵の娘で、王太子アレクサンドルの子息、ルイの教育係をしている。
そして、みすぼらしい白髪の令嬢、シセリア。年齢は十七歳ぐらい。
「それだけなの?」
「……やっぱり、記憶が戻ってこないみたいです」
ジャクリーヌの言葉に、シセリアは自信なさげに返事を返す。
「まあ、それもいずれは分かることさ。それより、なぜ君たちがここにいるのか、その説明をしたい」
そう言って、魔女は話し始める。
ラマルタン王国の英雄譚で語られない、影の物語だ。
建国の際、王は人柱を立てて、今後千年の繁栄と安寧を祈った。
祈りは聞き届けられた。一柱の悪魔によって。
悪魔は呪いを掛けたのだ、王の四人の娘たちに。
その娘たちの血筋から、四人の娘が常に、悪魔によって選ばれる。
悪魔の徴は、薔薇の形をした痣によって見分けることができる。
その四人の娘が、時を置かずして惨たらしい方法で殺されると、その殺害前に時が戻る。そのやり直しによって、王国は千年の繁栄を約束される。
七回約束が果たされるまでは。
七回を超えてもやはり娘たちが同じように殺されれば、王国は悪魔のものになる。
「で、それが君たちってわけだ。だから、君たちは晴れて、君たちが殺される前の時間に戻れるってわけだよ。どう、嬉しくない?」
「……自分が殺されたって事実を除けばね」
愉快そうに説明する魔女に、苦々しく応じるジャクリーヌ。その苦々しさも意に介さないかのように、魔女は続けるのだ。
「そう、そこだよ。君たちがせっかく死に戻っても、何も知らないままでは、また殺されて元の木阿弥だ。たとえ悪魔であっても、そんな契約を結ぶことはできない。だから、君たちには知る権利がある。自分は誰に殺されたのか。なぜ殺されたのか。その機会を与えるのが、このお茶会ってわけ。理解してもらえたかな?」
「一つ、聞きたいのだが?」
声を上げたのは、金髪の第二王子妃、クローデットだ。
「何だろう?」
「薔薇の形の痣、私にはそんなものはないが?」
「ああ、ごめんね。悪魔も最初ははっきりくっきり、それと分かるような痣をつけていた。だけどそれだと、あまりにゲームとして面白くないことに気が付いたようだ。だから、痣はあるけど一見薔薇の形には見えないとか、黒子の一つがよく見ると薔薇の花みたいな形をしているとか、その痣は髪の毛の中にあるとか、そういう感じになっているはずだ、君たちは。……シセリアを除いてね」
魔女の言葉に、円卓中の視線がシセリアに注がれる。
シセリアは自分の服、その胸の辺りに目を落とす。そうだ、薔薇の形の痣が喉の下、胸の間にある。この痣が、自分の苦難の源となっていた、そうだった。
だけど、どうしてこれが苦難になっていたんだっけ。
シセリアはそれを考えようとする。蘇ってくる頭痛。
——まだその時ではない、思い出すのはこれから。
脈打つ頭痛のリズムに、そんな言葉を聞き取ったようにシセリアは感じる。
「とにかくそんなペテンで、薔薇の形の痣の記憶と、彼女らを悪魔に捧げる儀式の記憶は、人々から失われた。それで、今に至る、と。これでご理解いただけたかな?」
「もう一つ、いいでしょうか?」
ここで手を挙げたのは、ルイ王子の教育係、エレーヌだ。
「何かな?」
「結局、何がゲームなのかは教えてもらっていませんね?」
「そうだったね、本題だ。君たちは、これから君たちが死んだ場面と、それに関係する場面を観察して、その殺害の犯人と、犯人の動機を調べてもらう。なあに、そんな難しいクイズにはなっていないから大丈夫さ。ヒントも出すしね」
そう言うと、魔女は指を鳴らす。
すると魔女の後方の扉が開いて、金色のカートが一台飛び込んでくる。
カートの上には金色のティーセット。
魔女の側に控えていた従者が恭しく、一人ひとりにお茶を注いで回っていく。
注がれたのは深い青緑色のお茶。ちょうど、魔女の目の色と同じ色。
お茶を通して魔女が観察しているようにすら、シセリアには感じられる。
「お茶を飲んだらゲーム開始だ。生き返りたかったら飲み干すことだ」
そんな魔女の声が耳に響く。
シセリアは目を瞑ると、一気にお茶を飲み干した。
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