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魔女のゲーム
かくてお茶会は終わってしまい、後には魔女と、傍らに立つ従者だけが残された。
「さあて、どうなりますかね? 君はどう思う、ドラクル?」
そんな風に、魔女は傍らの従者に向かって声をかける。
「……よろしかったのですか」
従者、改め、ドラクルは、そう答えて仮面を外す。仮面の下からは、異形の青年の顔が現れる。
銀色の髪に浅黒い肌、目は白目であるはずの部分が黒く、黒目は光り輝く黄金の色だ。耳の後ろからは、山羊のような角が生えているが、仮面を被ったままだとそれが仮面から生えているように見えるのだ。人間の客人がこの館を訪れる時には、彼はこの仮面を被ることにしているようだった。
「言わないよ、そんな惚気話は。生贄になった村娘を憐れんだ心優しき悪魔が、彼女が生き返るための術式を構成した、八回目の死が実現すると、彼女らが死ぬ前じゃなくて、僕の死ぬ前に時間が戻る、なんてね」
その言葉とともに、魔女はふたたび、背後の巨大な砂時計を指し示して見せる。
悪魔の魔力は、実のところ人間の欲望、それも人倫を外れて悪意に染まっていく性質の欲望と共鳴して初めて引き出せる。人間たちの望みを叶えながらその破滅へと誘導できる場合には悪魔の力は絶大だ。逆に、そうでない場合には、大きな力を引き出すのは難しい。
この悪魔にとっては、私利私欲、あるいは怨恨や憎悪に染まった人間たちが殺害した四人の令嬢の時を、その因果の直前まで戻すことは容易い。だが、それ以前に死んだ一人の少女を救うために時を戻すことは、世界の法則に背くようなものだった。
この砂時計は、四人の令嬢の八回の死、その術式によって溜まっていく悪魔の魔力、つまりはその過程で蓄積されていく人間の罪業を計るためのものだった。
魔女の戯言に、悪魔ドラクルは仏頂面で返答を返す。
「あなたのためだけというわけではないですよ。建国前まで時間が戻れば、そこで生まれ、死んでいった人間たちの人生は、そもそも最初からなかったことになる。それらの魂はみんな行き場を失って、全部回収することができる。私みたいな力弱い悪魔には、これがせいぜいってところです」
「なかなか素直じゃないね、君も」
「どっちがですか。……だから、いいのですか。彼らにあんな風にヒントを与えて。王国が滅んだ時に四人の娘が生きていれば、術式は効力を失う。あなたが生き返る機会も失われる、おそらくは永遠に」
「ううん、どうかねえ。彼らにとっても僕にとっても重大な決断を下すのに、フェアなゲームにならないのは、主義に反するからね」
「情けをかけるのですか? 自分を殺した人間たちに」
「僕も、昔は人間だったからね。……それに、このままここで君と永遠の時を過ごすのも悪くはないかな、なんてね。それとも、術式の効力が切れたら、僕は消えちゃうのかな」
「それを人間に伝えることは、許されていませんからね」
「よく言うよ、人をこんな存在、魔女なんかにしておいてさ」
そんな会話とともに、魔女の館の、永遠の夕暮れが更けていく。
そうして、再び幕が開ける。
令嬢たちの死のゲーム、生き残りをかけた戦い、悪魔と人間の間で、その魂と未来を賭け種にした丁半博打、その幕が。
(了)
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