殺害現場

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殺害現場

 ジャクリーヌ・ベルナデット、二十歳。ラマルタン王国の富裕な商人、ベルナデット家の令嬢。  ベルナデット家の身分は平民ながら、金融、建設業、貿易、兵器産業など、国家運営に欠かすことのできない商工業を数多く手掛けており、王国内で権勢を高めつつある。  その影響力を反映して、ベルナデット家を自勢力に取り込もうとする貴族は多くあり、とりわけアルダン伯爵家次男、シュヴァリエと、ジャクリーヌ嬢の婚姻が近々予定されている。——    シセリアは目を開ける。  そこに広がっていた光景は、目を閉じる前とは違っていた。 「ここ……わたくしの家じゃないの!」  声を上げたのはジャクリーヌだ。  見ると、他の三人の令嬢と、魔女もこの場に来ているようだった。 「これは、どういうことなのだ?」  クローデットの質問に、魔女は答えてくすくすと笑う。 「この場は、魔法で再現されたジャクリーヌの殺害現場ってことさ。君たちは意識だけでこの場を体感していて、本体は相変わらず屋敷の中だ。まあ、君たちはもう死んで魂だけになっているのだから、本当はどこにいるかなんて、大した意味がないかもしれないけどね」  改めて、シセリアは現場となったジャクリーヌの屋敷、その室内を眺めてみる。  豪華な屋敷だったが、壁は白く、室内は明るい雰囲気だった。さっきまでいた魔女の館の一室のように陰鬱で暗い雰囲気は漂っていない。夜だと言うのに室内ではいくつものランプを灯しており、これは屋敷の主の裕福さを示していると言えた。  部屋はジャクリーヌの私室のようだった。室内には豪華で繊細なテーブル、鏡台、それから衝立と、後ろには小さな机とベッドがある。  被害者はベッドに横たわっていた。  ジャクリーヌ・ベルナデット、その人だ。  寝巻きに着替えてはおらず、派手ではないが洗練された暗色の夜会服の姿で、ベッドに横たわっている。死後の魂として起き上がって喋っている方のジャクリーヌが着ている衣装とは違っていた。 「自分の死に顔を見るのは、あんまりいい気分じゃないわね……」  ジャクリーヌは顔を顰めている。  その言葉に、シセリアもジャクリーヌの様子を確認する。倒れている方のジャクリーヌは、泡を吹いて死んでいた。何かを掴もうとするかのように、手が空を掻いている。その恐ろしい姿とは裏腹に、着衣には乱れがなく、室内も荒れてはいなかった。 「それで、私たちは彼女の死の原因を探らないとならないんですね?」  魔女に向かって尋ねたのはエレーヌだ。魔女は答える。 「そう。でも、ヒントは出していくよ。僕だって、君たちには真相を知ってほしいからね。君たちがやるべきは、この現場で、真相に繋がる証拠がどれなのか指摘することだ。被害者の証言も交えてね」  現場の様子、被害者の証言。  シセリアは、改めて考えてみる。この現場の、どこが不可解で、なにが真相に繋がるのか。 「ジャクリーヌ、さん」 「な、何よ」 「どうして自宅で夜会服を着ているのか、それを教えてくれますか?」 「ええと、この夜会服は……そう」  シセリアの質問に、しばらく考えてから、ジャクリーヌはふたたび口を開く。 「シュヴァリエ様が我が家にいらしたの。わたくしはシュヴァリエ様をお迎えしていたのだわ」 「シュヴァリエさん……どなたでしょう」 「わたくしの婚約者よ。……というか! ねえ! あなた!」  急にいきり立ったジャクリーヌに、魔女は楽しそうに応じる。 「何かな?」 「なんでわたくしが殺されないとならないの! わたくしは別に貴族でもないし、権力闘争に噛んでいるわけでもないし、恋敵もいないし、幸せな結婚を控えている普通の女性なんですからね! 殺されないとならない理由なんて、どこにもないじゃないの!」 「それはどうかなあ。ねえ、シセリアはどう思う?」  ジャクリーヌに襟首を掴まれながらも、魔女はシセリアに話を振ってくる。シセリアは少し考えてみた。 「……そうですね。なぜ殺されないとならなかったのか。シュヴァリエ様とどんな話をしたのか。シュヴァリエ様はどんな方なのか。それが知りたいです」 「ちょっとあんた、シュヴァリエ様を疑っているの!」 「まだ、そこまでは……」  そう言いかけたシセリアだが、魔女の拍手に中断される。 「いいね! 実にいい。……じゃあ、ジャクリーヌとシュヴァリエの会食、そのシーンを見ていこうか」  それから、魔女は指を鳴らす。  シセリアたちの周りの空間が蝋のように溶け、一瞬暗闇に包まれる。  再び明るくなったときには、シセリアたちは別の場所にいた。
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