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食堂にて
そこは、屋敷の食堂のようだった。一行は、テーブルから少し離れた、部屋の隅の方に立っている。
明るい室内には長いテーブルが置かれていて、それを挟んで向かい合う男女の姿がある。一方はジャクリーヌで、先ほど殺害現場で見たのと同じ夜会服を着込んでいる。
もう一方の男性は、暗い色の髪に略式の礼装の男で、二十代後半のような印象だ。背は低くもないがあまり高くもなく、髪色もあってもみあげがやや目立っている。それ以外の印象としては、まあ伊達男なのではないかと言えた。
『ねえ、シュヴァリエ様』
『なんだい、ジャクリーヌ』
シセリアたちの耳に、声が聞こえてくる。
「あれがシュヴァリエさんですか?」
「ジャクリーヌさんも楽しそうですね」
口々に尋ねるシセリアとエレーヌに、ジャクリーヌは反発して見せる。
「何よ、別にいいでしょ!」
「しっ。まずは、二人の会話を聞こう」
そう言って一同を制したのはクローデットだ。
『シュヴァリエ様のような貴族の方に、我が家の縁者になっていただけるなんて。父も母も、鼻が高いと申しておりますわ』
『お褒めの言葉には及びませんよ。何せ、ベルナデット商会と言えば、このラマルタン王国では並ぶもののない大商人だ』
『運が良かったのでしょうね』
『運も実力のうち、でしょう? そのかいあって、王家——』
そこで、シュヴァリエは視線を左右に走らせる。その様子が、まるで立ち聞きを警戒しているか、何かを探しているかのようだと、観察していたシセリアは思った。
『特に、ジョルジュ第二王子様とは、格別深い繋がりがあるとか』
シュヴァリエの言葉に、ジャクリーヌは——過去のジャクリーヌの幻影は、優雅な、そして意味深な笑みを浮かべる。
『ジョルジュ様には、格別のご厚意を。ですからわたくしたちも、格別の援助でお答えしたい所存ですわ』
『我々の縁も、ジョルジュ様に取り持っていただいたようなものだ。ジョルジュ様の健康と未来に、乾杯』
シュヴァリエがそう言うと、シュヴァリエとジャクリーヌは互いに杯を傾ける。
『……わたくし、少し酔ってしまったみたい。普段は、父も母もいないこんな日には、お酒など飲まないのですけれど』
ジャクリーヌはきょろきょろと、落ち着かなげにし始めている。
『では、僕の持ってきたお茶を飲んでみてくれますか。酔い覚ましにはちょうどいい。……』
やがて、屋敷の召使の手によって、お茶が運ばれてくる。鮮やかな青緑色のお茶だった。
『……どうですか』
『おいしいですわ。でもわたくし、なんだか眠たくなってきてしまって』
『僕がお部屋までお連れしましょう。婚約者とは言え、嫁入り前の女性に失礼は働きませんよ』
そんな会話をしながら、ジャクリーヌはシュヴァリエに肩を支えられ、食堂を出て行く。
それが、この場面の最後だった。
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