借用書と鍵

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借用書と鍵

 再び、辺りの景色が闇に溶けていく。  それがまた形を成したときには、一行はまた、殺害現場であるジャクリーヌの私室に戻っていた。  私室に戻って来て見ると、夜会服のジャクリーヌは相変わらず死んで、ベッドに倒れていた。  一行はジャクリーヌに近づき、その様子を確かめる。その口には、今際(いまわ)(きわ)に吹いたと思われる白っぽい泡が付着していたが、そこにはわずかにあの青緑色が混じっている。 「シュヴァリエさんが、毒殺の犯人ですね。どう見ても」 「何よ! どういうこと!」  さらっと断定するエレーヌに、ジャクリーヌは涙目だ。 「というか! ねえ! あんた! さっきのお茶だって、同じお茶じゃないのあれ! 何してくれてんのよあんた!」  勢いで魔女に食ってかかるジャクリーヌに、魔女は手を広げて見せる。 「いやあ、偶然の一致、かな? 君が毒を飲まされたとしたって、お茶の色とは関係ないかもよ? それに、君たちはどのみち死んでるわけだから、毒なんか飲んだってどうってことはないと思うけどね」 「妙に曖昧(あいまい)な答え方をしますね……」  冷静に突っ込むエレーヌだが、ふと振り返り、考え込んでいるシセリアに気が付く。 「シセリアさん?」 「……少し、気になることが」  それから、シセリアは指摘を始める。 「動機ですね、要するに。シュヴァリエさんとジャクリーヌさんの仲は良好で、対外的にもジャクリーヌさんは重要な立場だった。邪魔になって殺すような理由があるとは思えません、一見は」 「へえ、一見は?」  シセリアの指摘に、魔女は楽しそうに応じる。  「会話の中で、シュヴァリエさんがこだわっていたことがあります。そう、ジョルジュ第二王子様との関係。それは、なんなんですか? ジャクリーヌさん」 「……ええと」  ジャクリーヌは軽く咳払いをする。しばらく言いにくそうな顔をしていたジャクリーヌだったが、やがて話し始めた。 「ジョルジュ第二王子様は、我がベルナデット商会に、借金をされていたの。わたくしたちはそれを猶予(ゆうよ)してあげた。それで、ジョルジュ様はわたくしたちに借りができた。そういうこと」  シセリアは考え込む。 「……その借金、借用書のようなものは?」 「お父様が管理されて、金庫に保管しているはずよ」 「その金庫の鍵は?」 「お父様の部屋に。この夜は、お屋敷にはいらっしゃらないけど……あ!」  そこでジャクリーヌは、すでに蒼ざめていた顔をいっそう蒼ざめさせると、机に駆け寄る。  机に置かれた可愛らしい、鍵付きの小箱。  今は開けられていて、中身がない。 「わ、わたくし、お父様から鍵束を預かって、わたくしはそれをここへ……あ、ああ、ああああああ」  自分の死を目の当たりにしながらも気丈に振る舞っていたジャクリーヌだが、ここにきて激しく動転する。  自分の死が、信頼する婚約者によってもたらされたこと。  それを疑いようもなく認識するのは、どれだけ恐ろしく、辛いことなのだろうか。  それをシセリアは考える。  だが。しかし。それでも、知らないわけには行かない。  それだけが、生き返る術ならば。 「……魔女さん」 「何かな?」 「鍵が持ち去られた経緯を、また、私たちに見せてくれますか」 「お安い御用だ。君たちも、だんだんこのゲームのルールが分かってきたみたいだね」  そう言って魔女は、また指を鳴らす。  ジャクリーヌの机に屈み込んで、なにやらごそごそと身動きしているシュヴァリエ。ベッドでは、ジャクリーヌが倒れている。その安らかな顔は、まるで眠っているかのようだ。  やがて、シュヴァリエは目的のものを見つけ出したようだった。  それをランプの光にかざし、また、ベッドに横たわるジャクリーヌに向かって掲げてみせる。 『済まないね、ジャクリーヌ。奥方様の命令だ。君には、悪いようにはしないから』  それが、シュヴァリエの言葉だった。
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