人生の夢

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人生の夢

 気が付くと、シセリアたちは魔女の館に戻ってきていた。  そこにはジャクリーヌの姿はない。  相変わらず、クローデットは茫然(ぼうぜん)として、信じられないものを見たかの様な顔で目を見開いていた。そして、それを見守るのはエレーヌだ。 「彼女が……クローデット様が、ジャクリーヌさんを殺したんですか?」  エレーヌは魔女に向かって尋ねる。 「さて。それに関しては、クローデット自身が答えるのが一番良さそうだ。だけど、彼女だって殺されたわけだ。まだまだ、解明すべき謎は残っているよ」  それから、魔女は立ち上がる。 「今晩はお開きだ。快適な部屋を用意してるからね、めいめいそこで休んでくれたまえ。そこで、頭を整理してみるのもいいんじゃないかな?」  やがて、シセリアたちはそれぞれ、別室へと案内される。  案内してくれたのは、魔女の従者とそっくりな、動物の骨の仮面を被った召使だった。やはり一言も言葉を発しないが、従者よりはひとまわり小さく、まるで女のような背丈だ。  その生き物らしくない、どこかぎこちない動き。  シセリアは気が付く、この召使が人間ではなく、おそらくは魔法で動かされている人形であることに。   案内された薄暗い寝室には、濃い藍色の天蓋(てんがい)のついたベッドと、紫檀(したん)螺鈿細工(らでんざいく)を施したベッドサイドテーブルが置かれていた。外は相変わらずの夕闇だが、就寝のためなのだろうか、カーテンは最初から下ろされている。  これはどれだけ値の張る調度品(ちょうどひん)なんだろうかと、シセリアは考えてみる。今までシセリアは、こんなものを間近で見たことはなかったような気がする。  だけど、この館は死者の世界と生者の世界の狭間にあると、そう魔女は言っていた。つまり、これは精神の世界だけに存在する品で、値段なんか関係ないのかもしれない。あるいは、人だけじゃなくて家具にも魂が存在していて、これは生者の世界で死んだ家具たちの魂なのか。  この館の別室では、クローデットとエレンも同じように休んでいるはずだ。ジャクリーヌはどうだろう、もう館から去って生者の世界に戻ったのか、それともまだ館のどこかにはいて、ゲームに参加してはいないだけなのか。  シセリアはベッドに横たわる。骨張ったシセリアの体を、ベッドは柔らかく受け止める。その感触は、今までシセリアが感じたことはないものだった。  そう、自分はそうだった、そんな風にシセリアは考える。  愛情らしい愛情にも、柔らかいベッドにも、恵まれたことのない人生だったのだ。  シセリアは夢を見る。  自分の人生の夢を。——  ——そう、物心ついたときから、自分の周りは誰もいなかった。  薄暗くて、薄汚く、寒い部屋で、シセリアは一人だった。 『彼ら』は、シセリアを殺そうとまでは思っていなかったはずだ。  殺すつもりならさっさと殺せばいい。飢え死にしたことにして闇に葬りたいなら、十七歳まで生きながらえさせることはなかったはずだ。  愛してもいないし、死ぬ以外はどうなろうと構わない存在だからと言って、死んでもらっては困るのだ。きっとそうだった。  シセリアが病になったときには、医者が来て看病してもらえたし、強く願えば、望みのものを持ってきてもらうことだってできた。  問題は、何を望むかだった。  シセリアを訪ねてきてくれるのはグザヴィエだけだ。  ベッドで寝ているだけではいけない、可能な限り室内を歩き回らなければ足萎えになってしまうと、そう教えてくれたのはグザヴィエだ。  それから、本を読むことも。  シセリアが人生を知ったのは、グザヴィエによってだった。
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