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「事は重大で、彼等を安易に開放することはできない」
証言が外に漏洩すれば、テオ達の身は危うくなる。相手は侯爵という身分であり、国内外で良識ある人物であると評価されていた。侯爵自身に狙われる可能性の他に、彼を慕う者たちからの暴力も考えられた。実際、証言を耳にした近衛兵の中にもテオの口を閉ざそうとする者がいた。
「証拠があるとはいえ、捏造された可能性もある。また、彼等の証言と証拠だけでは侯爵を断罪することはできない」
「捏造はしていないと思います」
正当な、胸を張れる手段を取ろう。テオ自身の言葉だ。付き合いは短いが、彼は信用できると感じていた。オニキスのような瞳がマリアをまっすぐと映した。
「そうか。マリアの言葉を信用しよう。ただ侯爵には手出しが容易にできないことは分かるよね」
「はい。ただ民の苦痛を和らげたいと思っております」
それはロングレン領だけの話ではない。マリア自身が属するデルフィニウム伯爵領にも目を向け、いずれは国民の幸せの助けになりたい。もし入れ替わりの件で断罪されたとしてもその思いはマリアの中に出来上がっていた。キースやニナのような子供たちが笑い合え、暴力に怯えない場所を作るのがマリアの夢になっていた。彼女の言葉に決意を感じたのかアスターは深く頷いた。
「ありがとう、マリア」
「礼に値するようなことを申し上げた覚えはありません」
「俺の、私の民を思ってくれる伴侶を得ることができて良かったよ。マリア……あのさ」
「ところで殿下、私が身体に戻るときの話ですが」
「は?」
「え?」
「いいや、なんでもないよ。気にしないで」
2人の世界を作り上げたかったアスターは密かに項垂れた。会話に入らないミアのにやけた顔に心の中で悪態をついた。攻防に気付いていないマリアは促されるまま続けた。
「この身体の持ち主であるリリィは元から長く眠っていました。医者には『魂がない』を診断されたようです。私が抜けると彼女は亡くなってしまうのではないでしょうか」
心臓が止まった身体をエブリンに返す想像をするだけで、手から血が引いて冷たくなる。何と説明しようとも償いはできないだろう。
「魂がないという症状については調べてみないと分からないが、もしかしたらリリィも助かるかもしれないよ」
「私の身体は実は空っぽではないの」
ミアが冷たい手に温もりをうつす。
「本当ですか?」
「ああ」
「うん。魔術師に調べてもらったから確実よ。弱弱しいけど微かに何者かの魂が入っていると言われた。その魂を調べて、ロングレン侯爵領の名前が浮かんだからアスター殿下は招待された夜会に出席したの。私も招待されていれば……」
悔しそうに力を込めた手はマリアの手をきつく握りしめた。手から胸へと温もりが宿り、マリアは目頭を熱くした。婚約者のたくましい腕が振るえる肩を抱いた。
「だから心配しないで。リリィも助けて、彼女の居場所に戻そう。まあ説明は大変だけどね。大丈夫」
「ありがとう。ありがとう。ありがとう」
助けてくれて、友人で居てくれて、身体を貸してくれて。3人に向けて感謝を込めた。
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