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「待て!彼女は何もしてないだろ」
叫んだテオにアスターは冷たく睨み、近衛兵から更に強く抑えつけられ目の下が床に鈍く当たった。
「そうだな。したのはお前だけだ」
「アスター?」
マリアは婚約者の地を這うような声に身をこわばらせる。知っている姿と異なっている。怯えた彼女の髪をアスターは撫で、テオに向けていた目とは異なる優しい目で微笑んだ。だが、すぐテオの方を向いた。
「連れて行け」
エブリンやフレディにも近衛兵が近づき、左右を抑えつけた。引き摺るように彼らを連れ出そうとする。
「待ってください。彼らは何も悪くありません」
マリアはアスターの腕に縋った。
「それは今から確かめる」
「お願いします。傷つけないでください」
「ん」
縋った手に口付けを落とし、彼は指を絡めた。近衛兵たちがエブリンたちを取り押さえている中から、外に出た。朝日がアスターの顔を照らし、満足気に目を細める。外には王家の紋章が描かれた馬車が待っており、従者が控えていた。王家に向かう際には公爵家の馬車を用いる。アスターの公務への付き添いは王城や近隣しかなかったため、王家の馬車に乗ることはなかった。公爵家の馬車ももちろん豪勢だが、王家のものは洗練された美しさがある。
「ほら乗って」
アスターに促されるが、背後が気になり、振り向いた。マリアたちの後、連れ出されたテオの頬は赤く腫れ、目の下には既に痣ができていた。
「手荒くしないでっ」
声を発すると丸く開いた赤茶の目と合った。
「リリィ!」
「テオ」
赤髪の彼の名前を出した瞬間、腕に痛みが走った。アスターがマリアの腕を引っ張り、馬車の中に押し入れる。婚約者の体に視界は遮られ、小屋の様子は見えなくなったが、エブリンたちが抵抗する声だけが聞こえていた。その声もアスターにドアを閉められ、届かなくなる。馬車の中は芳しい花の香りに満たされている。紅色のソファが手に触れた。
「どうして。手荒な真似はしないと」
「抵抗しなければね」
「彼らは何も悪いことはしておりません。なのに捕まえるなんて」
「悪いこと……ね」
アスターは考え込むように、顎に手を添え目を細めた。
「私の婚約者に許可なく触れた。以上だ」
「彼らは私を助けてくれました。優しい方たちです」
入れ替わり魔法に失敗し、途方に暮れたマリアを優しく受け入れてくれた。村人たちとの交友も支えてくれた。盗みから荷物を取り返し、道を案内してくれた。エブリンもテオも優しく強い。彼らがいなければマリアは村や街で生きていけなかっただろう。
「お願いします。解放してください」
「……公爵家の、王家の失敗に関わった者を解放できるかなぁ」
「失敗したのは私です。私だけを罰してください」
「そうやって庇えば庇うほど、あの赤髪を傷つけたくなるよ」
彼は息と共にそう溢す。馬車内の温度が下がり、指が小さく震えた。
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