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「マリアはずっとそればっかりだ」
「もちろんです。彼女たちは何も悪くありません」
マリアの魔法に巻き込まれただけだ。むしろ入れ替わりを知った後も、優しく接してくれた感謝を向けるべき相手だった。アスターは黒髪を撫でつけた。
「エブリンという女性は既に解放しているよ」
「本当ですか?」
ほっと胸を撫で下ろした。解放してくれているなら、もっと早く言ってくれればいいのに。彼は嬉しそうな笑みを浮かべていて、ミアに頬をつつかれた。
「拗ねたのね」
「え?」
「頬が少し膨らんでた。何だか少し会わないうちに、マリアの表情が豊かになった」
表情が豊かなのはミアの方だ。鏡を見る度、血が通っていないようだと思っていた白い肌はピンク色に染まり、口角が上がっている。
「ミアが私の表情筋を緩めてくれていたのね」
「あはは、何それ。マリアが冗談を言うなんて。魂を飛ばしている間に出会った人たちがマリアを変えたのよ。いい出会いがあったみたいで良かったね」
「……ミア!ありがとう」
「俺を抜いて、2人の世界を作るのはいい加減やめてくれないか」
「作ったつもりは」
マリアの否定は悲しい吐息で打ち消された。ミアは楽しそうに横で笑っていた。『エブリンという女性は』という言葉がふと頭をよぎる。
「あの、殿下」
「アスター」
「え?」
「アスターって呼んで」
マリアは顔を引きつらせた。一番変わったのは婚約者の方なのではないだろうか。
「アスター」
「うん、何?」
甘く晴れやかな笑顔を向けられる。ほら、こんな笑顔を以前は向けられたことはなかった。マリアが居ない時間がアスターに及ぼした影響を彼女は知ることはできない。ただ、ミアや彼女たちの周囲の人間だけは、今までマリアの前で恰好をつけていただけで、これがアスターの通常運転だと知っていた。
「エブリンはと仰られましたが、テオやフレディは?彼等は偶然あの場にいただけです」
「ちっ」
「え?」
品行方正な王太子の舌打ちに耳を疑った。が、彼の表情はいまだ甘々で幻聴だとマリアは結論づける。
「彼等は少しね。まだ解放はできないんだ」
「どうしてですか」
「訴えをおこしたからさ」
「訴え?」
「拘束されているのに?すごい度胸ですね」
ミアが感嘆するような息をこぼした。
「そうだね。拘束時という状況もそうだけど、内容も中々ね……」
「内容、まさか!」
「何だ、マリアも知っていたのか。まあロングレン領に生活していたのだから当然か」
「あのイケメン侯爵がどうかされたのですか?」
「ミア」
「あ、ごめん」
「マリアの顔で『イケメン』とか他の男を褒めないでくれるかな」
「申し訳ありません」
黒い笑みを向けられて、不用意な発言をした彼女は身を震わせた。マリアを向くときにはアスターの笑みは輝くものに戻っている。が事情が事情だけに強張ってはいた。
「ロングレン侯爵は領地で不当な暴力を行っていると彼等は証言し、証拠も提出した」
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