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「悔しいって何に?」
マリアが王太子妃になることの何が悔しいのだろうか。彼女か今の王太子のことに好印象を持っていることは見ていても分かる。愛とか恋とは違うように思えるが王太子が彼女にとって尊敬できる相手であることはマリアにとって良いことである。この国の上流階級の令嬢は必ずしも好きな相手と結婚できる訳ではない。政略的なものであったり、上の階級に見染められ断ることが出来なかったりすることもある中で、王太子はマリアのことを愛していることが周知の事実であり、彼女も彼を尊敬していることは幸運なことだと思う。ただ敢えて不幸を挙げるとすれば、マリアが今まで伯爵令嬢として決められた範囲で生きてきて、悪く言えば世間知らずでもあるためか、分かりやすい明らかすぎる王太子の愛に気づいていないことだろう。
「マリアは勉強しかしてなかったからお堅いんだよね。王太子殿下と愛し合って幸せになってっていう悔しさはあるけど」
ミアは自身のブラウンの髪をもてあそびながら、清廉潔白で才色兼備な令嬢の姿を思い浮かべた。王太子妃候補を集めたお茶会で子どもの頃から知り合ったが、年相応に笑っている姿はあまり見たことはなく、ましてや子供心のままに、はしゃいだことなどなかった。笑う時はほのかな微笑みを浮かべ、怒りを表すことはなく、行き過ぎた振る舞い等には淡々と注意をしていたが理に適っていた。マリアからもミアによく声をかけてくれ、ミアの話を聞く際は通常よりも目を和らげていたため、誰よりも仲の良い友人であると自負している。最近は他の人も認めてくれているように感じる。例外は存在するが。
「ふーん」
自ら質問したはずであるのにミアの返事に対してまるで興味が無いかのような言葉をレイは返した。その態度に対して、ブラウンの目を細め唇を尖らせて不満げにミアはレイを見つめたが、彼は素知らぬ顔で庭の方に目を背けた。庭にある花は手入れされており、風が芝生の上を走っている。陽の光が庭を照らし、穏やかな空気がそこには流れていた。
「日取りが決まったとはいえ、半年以上先のことだろ」
「でも、準備とかあるからそうそう会えないじゃない」
「よく言うよ。今日、この後会うんだろ」
「おっしゃる通りです。お2人で裏にある森を歩くお約束をしております」
ミアの使用人が会話を遮った。
「マリア様がいらっしゃっております」
「もう?早いのね」
ミアはすぐに立ち上がり、右手をくるりと回し、先程まで使っていたカップを魔法を使って清浄した。
「約束通りのお時間です。食器の洗浄は我々の仕事ですのでお気遣い頂かなくて構いません」
子供の頃からミアに振り回されてきたこの家の使用人は、他家と比べて主人やその家族に対してもはっきりとした物言いをする。
「つい癖で」
「裏の森に2人は危ないのでは?」
「大丈夫!すぐ近くだし、ほんの少し歩くだけだから」
じゃ!っと片手を上げ、ミアはレイをその場に残し門にいるマリアの元へと、ドレスの裾を持ち上げながら走った。
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