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「なあ軽部(かるべ)、ちょっと金貸してくれよ」 「はあ? 金?」 「コーヒー飲みてえんだ」  フロントガラスに映った軽部はハンドルを握ったまま小さくため息をつく。 「何だよ上重(かみしげ)。缶コーヒーも買えないほど金無いのか」 「ちげえよ。そこの自販機、楽典(がくてん)ペイ使えねえだろ」 「ああ、あそこはベイペイだけだな」 「俺普段ベイペイ使ってねえから残高無えんだわ。楽典ペイかbuペイなら残ってんだけど」 「ベイペイは基本だろ。入れとけよな」 「仕事終わったら倍にして返すって」 「三倍な」  ちっ、と俺は隣に聞こえないように舌打ちをする。まあでもいいか。たかが缶コーヒー三本分だ。  それでいい、と俺が答えると、赤信号で車を止めた隙に軽部はスラックスのポケットからスマホを取り出して操作を始めた。  俺も顔認証でスマホのロックを解除してベイペイアプリを開く。トップに表示された残高は3円だった。 「ほら、送ったぞ」 「悪いな。あ、そこの自販機に車寄せてくれ」 「お前オレを執事とでも思ってんじゃないだろうな」 「コーヒーが飲みたいだけだ」 「なんだよ、緊張してんのか。お前はいつも重く考えすぎなんだよ」 「能天気なお前と一緒にすんな」  へいへい、とウインカーを出して軽部は道路脇に車を停めた。助手席の扉を開けて車外に出る。  空は一面べったりと青かった。フロントガラス越しに見てはいたが、改めて今日はいい天気だ。そういや今日はでかい祭りがあるんだったか。若いカップルには最高のデート日和だろうな。  俺は自動販売機のタッチパネルで缶コーヒーを選択した。料金が表示され読み取り機にスマホを近づける。ピピ、と軽い音がしてから缶が落ちてきた。  昔はここに小銭や紙幣を入れる穴があったらしいな。  取り出し口から缶コーヒーを取り出しながら俺はふと思う。もしそれが本当なら、なんて危険な真似をしてたんだ。もし自販機ごと盗まれたら商品も売上も同時に失うことになる。盗人にとっては宝箱に見えただろう。  そう思えば今の時代は進化とも言えるのかもしれない。 「ったく、便利な世の中だよな」  スマホをポケットにしまってプルタブを引く。空気の抜ける音がした。缶を煽り、ごくりと喉を鳴らすと苦い液体が食道を伝った。俺は息を吐く。 「おい早くしろよ。駐車違反取られちまう」 「うるせえな。わかったよ」  世のカップルはデートだってのになんで俺はこんな中年とドライブしなきゃならんのだ。なんで、というのはわかりきってることだが。 「銀行強盗の前に駐車違反とか笑い話にもなんねえな」  俺は空になった缶を捨ててビジネススーツ姿の相方の車に戻りながら、抜けるような青い空に呟いた。
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