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「よし、予定通り閉店間際に着きそうだな」 「ああ。だが懇切丁寧な依頼人だよな」  助手席に座る俺は後日メールで送られてきた『銀行強盗マニュアル』を見ていた。そこにはとても事細かく依頼人からの指示が記されている。  営業時間終了五分前に入店すること。車は銀行の裏口側に停めること。ビジネススーツを着ること。何があっても三十分で店を出ること。フロアマップや逃走経路、現金の持込先リストなど含めると計三十項目に及ぶ。  また強盗をする際のマスクや服、小物、足のつかない車の手配まですべて依頼人が準備してくれた。俺たちはただ当日に言われた通りのことをするだけだ。  依頼人は相当変わった人間なのだろう。ここまで丁寧な準備をして強盗を依頼しておきながらその手柄はすべて差し上げます、なんて言うんだから。いや放っておいても潰れる銀行を襲うなんて依頼すること自体訳が分からんが。 「着いたぞ」 「ああ」  銀行の裏口の扉の前に車を停めた軽部はシートベルトを外した。少し遅れて俺もシートベルトを外す。 「閉店五分前なんか狙わなくても客いなさそうだけど」  俺たちはこの車を含めても数台しか停まっていない空きだらけの駐車場を眺める。残りの車も従業員のものかもしれない。 「てか誰が来るんだよ。今時銀行なんて」 「一定数いるらしいぞ。いつか電子マネーの時代も終わる派が」 「来るかもわからん時代のために金預けてるのか? 有り余ってんだな」 「銀行員も大変だよな。そんな変人たちのお守りさせられて」 「強盗のお世話もな」  薄く色のついた眼鏡をかけて不織布マスクをつけた。  らしくなってきたな、と笑う軽部に、らしく見えちゃダメだろ、と返す。スマホは電源を切ってダッシュボードに入れた。  俺たちは後部座席に置いていたブリーフケースを持って扉を開ける。 「いくぞ軽部。ミスるなよ」 「ああ。無事成功したら焼肉行こうぜ」  扉が閉まる音が二回する。  もっとこわいものかと思った。いざその場に立てば、足が震えて動けなくなるのではと思っていた。けれど実際はそうでもなかった。  俺たちは快晴の空の下を並んで歩き、銀行の自動ドアの前に立つ。  ガラス戸が音もなく開いた。
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