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 マニュアル通りだった。  一週間かけて丸暗記した手順通りに受付窓口へ歩みを進め、会話をし、拳銃を取り出し、脅し、拘束した。支店長と呼ばれる男に拳銃を突き付け、閉店のタイミングで全てのシャッターを下ろさせ、鍵の在処を吐かせた。  軽部は金庫へ向かい、俺は支店長の額に拳銃を向けたまま誰もおかしな動きをしないよう見張る。すべての道具はブリーフケースに入っていた。 「喋れば撃つ」という一言が効いているのか、支店長の人望のなせる業か、誰一人として声を発さず手足を縛られたまま一ヶ所に固まっている。今のところ通報された気配もない。  こんなにうまくいくもんなのかよ、と怯えた顔の銀行員たちを見ながら思った。  素人強盗の中年二人でも成功するとは。このマニュアルを売るだけでもかなり儲かりそうだ。残念なのは、この銀行が日本で最後の銀行ってことくらいか。 「おい支店長さんよ」  俺は目の前の男を呼ぶ。他に支店も無いのに支店長なんて、現金と同じ過去の遺物だな。 「な、なんだ」 「これで本当に全員なんだろうな」  銀行で働いていたのは支店長を含めてたった四人だった。窓口に二人、奥に二人。客に至っては一人もいない。だからこそ二人でも制圧できた。 「ああ、間違いない。これが本日出社している全員だ」 「訊いといてなんだが信用できねえな。営業とか事務とかいるんじゃねえの」 「数十年前ならそうだったかもしれんが今の銀行はこの程度なんだ」  俺の疑問にむしろそうであってほしいと訴えるような彼の言葉に嘘は無いように思えた。やはり銀行員は大変なようだ。  後ろ手に縛られたまま座っている支店長は五十代半ばくらいだろうか。俺よりは歳が上に見える。頭は白髪交じりだが目には力が満ちていた。 「お前なんで銀行の支店長なんかやってんだ」  俺は彼にそう尋ねていた。  鞄に金を詰めている軽部を待っている間ヒマだったというのもあるし、目の前の男が終わりに向かっていく事業をゆっくりと見守るタイプに見えなかったのもある。むしろ次々と条件のいい環境へ乗り換えていく行動派のイメージだ。 「それを答えたら解放してくれるのか」 「馬鹿言うな」  拳銃を強く男の額に押し付けた。痛みで彼の顔が歪む。  引き金に指をかけているが、引くことはしない。絶対に人は撃つなとマニュアルに書いてあるからだ。罪を増やせば捜査の密度も上がる。被害は最小限に留めておくことが上手く逃げ切るコツらしい。 「銀行が好きだからだよ」  支店長は答えた。そんなやついるのか。
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