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「まあ好みは人それぞれだしな」  彼に、というより自分に言い聞かせるように俺は答えた。多様性を重んじる時代だ。慣れなければ。 「お金というのはお客様にとって命の次に大事なものだ。それを任されるというのは光栄なことだろう」 「そういうもんか。でも客なんかもうほとんどいないだろ」 「お客様の数など関係ないんだよ。いつだって私たちはお客様一人を相手にしている」  銃口を向けられながらもはっきりとした声で言い切った彼に他の行員たちは尊敬の眼差しを向けている。そうか。これが支店長か。 「むしろ不思議なのはそちらのほうだがな」 「あ?」 「なぜ君たちは今更銀行強盗などするんだ」  今更、という彼の言葉で何を言わんとしているか分かった。  完全電子マネー化のこの時代に実店舗の銀行を利用している人なんてほとんどいない。つまりここには昔ほど多くの金が残されていないのだ。どうせ罪を犯すならもっと大金を狙う方法はいくらでもある。  ふっ、と俺は笑った。口元はマスクで隠れているが、眼鏡越しの目の形で俺の表情が伝わったのだろう。支店長は訝しげにこちらを見る。 「金額なんか関係ないんだよ」 「なに?」 「あんたにはわかんねえだろうな」  軽部は金がないから強盗を決意したという。俺も同じ理由だとあいつは思ってるだろうが、本当は少し違っていた。  わかんねえだろうな。大層な肩書をぶら下げて、頼れる部下に囲まれたあんたには。 「俺さ歴史の授業が結構好きだったんだよ。偉人とか」 「それがどうした」 「まあ聞けよ。大体の歴史の教科書には年表が載ってんだ。何千年の出来事を数ページでまとめたやつ。そこには大抵何かの始まりと終わりが書かれてる。それほど最初と最後ってのは重要なんだ。歴史に残す価値があるってことだろ」  支店長含め行員たちは、意味がわからない、といった表情だ。  ああそうだ。わからなくていい。わからなければ銀行強盗なんかしなくて済むんだからな。 「子どもの頃馬鹿みたいにさ『将来歴史に名を遺す人間になる!』とか大口叩いてなかったか? そりゃあ子供なりのジョークだったけどよ、心のどっかでは信じてたんだ。俺は大人になったら何か成し遂げてるかもしれない。もしかしたら教科書に載るような人間になってるかもしれないってさ」  それがどうだ。  軽部の言う通り俺には金が無い。それだけじゃない。家族も恋人も、友人だってろくにいない。家も無ければ墓も無い。俺には何も無い。失うものも無いから強盗もこわくなかった。  俺が俺のことを知っている最後の一人で、俺が死ねば俺という存在はどこにも残らず消滅する。  こんな気持ち、誰がわかってくれる? 「日本最後の銀行は強盗により倒産、なんて歴史が残ったら最高だよな」
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