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5
おい終わったぞ、と膨らんだボストンバッグを肩に掛けた軽部が戻ってくる。
俺は拳銃を支店長に向けたままゆっくりと後ずさった。軽部が先に裏口へと向かい扉の外に誰もいないのを確認する。
「大丈夫だ」という言葉を聞いて俺も裏口へと駆けた。ぎりぎり三十分だ。
車に乗り込み扉を閉める。シートベルトもそこそこに軽部はアクセルを踏んだ。
「大成功だな」
「呆気なかったな」
軽部は前を見ながらにやりと笑う。本当に拍子抜けだ。これでいいのかと不安になるほどだ。
歴史に残る大事件にしては呆気なさすぎないか?
俺はちらりと背後を見やる。後部座席にはボストンバッグが置かれており、リアガラスの向こうには日本最後の銀行が小さくなっていく。俺たちが殺した銀行だ。周囲に警察の姿はない。
そういえば警備員もいなかったな、とふと気付く。
実行中はマニュアルの手順ばかりが頭にあって他のことを考える余裕がなかったが、思い返せばおかしな点が色々とある。
腐っても金銭を取り扱う銀行に警備員がいないなんてことがあるのか。警備がいないならセキュリティシステムはどうなってる。監視カメラがあったんじゃないか。
銃で脅していたとはいえ迂闊にも出入口のシャッターは向こうの手で下ろさせた。開閉ボタンを押す振りをして通報ボタンを押すことはできなかったのか。それどころじゃなかったのか? あんなに落ち着いて話ができるやつが?
日本最初の銀行強盗がいつ生まれたかは知らないが、これまで数々の強盗を経験してきたはずの銀行が何の対策もしていないとは考えにくい。
じゃあどうして、俺たちはこうして無事に逃げられてんだよ。
「おいどうした上重。変な顔して」
「いや、やけに余裕すぎるなと思って」
「確かに。オレたち強盗のセンスあったのかもな」
相変わらず軽い調子で笑っている軽部に少しイラついたが、考えたところで答えが出るわけでもない。俺は前を向き直り、シートの背に身体を預けて息を吐く。
「ああ、そうかもな」
持っていない俺たちに最後に残されたのが、持っている者から奪う才能とか笑い話にもなんねえな。
俺はダッシュボードからスマホを取り出して電源を入れる。
今、俺たちがやるべきはこのまま警察に捕まらず逃げ切ることと美味い焼肉屋を探すことだ。
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