村娘、紫陽花。

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村娘、紫陽花。

 暇だ。  ボロっちい家屋を前にして、オレはイチゴを待ち続けていた。準備があるとかなんとか言って、家屋へと消えた二人。覗かないようにとだけ言いつけられたので、素直に従っている。イチゴが変なことをされていないか不安ではあったが、「その服可愛いですね!」とか「美味しそう!良いんですか?」といった平和な声ばかりが聞こえるので、緊張感も薄れる。そのせいで暇、というのもある。 「あー、クッソ暇だな。タバコも切らしちまったし……。」  オレは箱をポイッと捨てた。 「あらあら……退屈していらっしゃるのですか?」 「うおっ!?誰だ!?」  突如として、鈴を転がしたような可愛らしい声が耳に届いた。声の正体を見ると、青色の狐面に、長い茶髪。その浴衣こそ少し地味なものの、綺麗な帯をした少女だというのがわかった。 「私の名前はアジサイ。好きな花も、アジサイです。」 「へえ、アジサイねェ。そりゃあ素敵だ。梅雨の時期は憂鬱になるが、綺麗なアジサイが咲くと元気が出るもんだしなァ。」 「ええ、そうですね。……よろしければ、これを。」  そう渡されたのは、アジサイの一輪がラミネートされたであろう栞だった。 「ああ、ありがとう。アジサイ……花言葉は、移り気だったか。わざわざオレに渡した理由はそれか?」 「いえ、そんなことは。私にとっては花言葉など、どうだっていいのです。」 「女の子の割に、随分とロマンが無いんだなァ。……面白い子だ。」 「あら、そうでしょうか?私としては、花は在るだけで美しい故に、言葉で着飾る必要もないと感じているだけですよ。」 「隠れロマンチストか。」 「そういうことにしてくださいまし。」  少女は、壁にもたれ掛かるオレの隣に並んだ。 「なァ、この村について教えてくれないか?」 「この村について……そうですね……。名前は鹿護(かご)村。六十人程度で構成されている、小さな村です。伝統工芸などというお洒落な物もなく、ただ存在しているだけの村。鹿を神の使いとして信仰していますが、その始まりについてはよくわかっていませんし、逸話もありません。」 「無いのにあんな殺気が出せるのか……。」  先程向けられたあの殺意を思い出して、オレは思わず身震いした。 「じゃあ、この祭りについて教えてくれねェか。どうして子供は皆鬼の面をしてる?どうして、お前は狐の面をしてるんだ?」 「子供は鬼に食われないため、小鬼のフリをしているのです。狐のお面をしている理由は、鬼に喰われるため(・・・・・・・・)です。」 「鬼?喰われる?……つまりお前は、マゾってことか?」 「違いますよ。当然、生贄(・・)として捧げられるということです。」 「今の時代、本当にそんな文化が残ってるのか……?」  オレはアジサイの話を半信半疑で聞いていた。 「村の厄災に、時代など関係ございませんよ。厄災がいつの時代にもあるのなら、それを鎮めるための生贄の文化だってあります。」 「なるほどねェ。だが、自分が生贄になるってのに、アジサイは随分と冷静だな?」 「必ずしも、私が喰われるとは限りませんから。」 「どういうことだ?」 「狐面をした少女は(みな)、生贄になる可能性があるのです。しかし、可能性のみ。厄神様()が気に入る娘がいなければ、この村には厄災が。気に入る娘が一人でもいれば、一年は平穏な日々が保証されます。」 「数打ちゃ当たるって訳だな。でも、そうだとしても喰われる可能性もある。怖くないのか?」 「いえ、全く。理由をお教えいたしましょうか?」 「ああ、知りたい。」  アジサイはオレの耳の周りに、皿の形にした手を当てて、囁いた。 「私、今日この村から逃げるんです。」 「……そうか。賢明だな。」 「ふふ。内緒ですからね。そこで一つ相談がございまして……。」 「連れ去ってほしいってか?」 「はい。やはり、車という文明の利器には頼らざるを得ません。」  ちゃっかりした女だ。 「だが、オレはそう易々と引き受けるほど優しい奴じゃあない。お前の笑顔の為だけに、六十人近くの村人から恨まれる……そんなバカげた話には乗らねェ。それくらいはわかっているよな?」 「もちろんです。私の体を捧げましょう。流石にお金は、逃げ切った後に必要ですので差し上げられません。」 「体……ねぇ……。」  オレは舐め回すように少女の体を見た。上等なのは確かだ。特に、あの(なだ)らかで女らしい肩と尻。胸は控えめではあるが、きっと浴衣を着る上で寸胴にしているのだろう。それにしても、顔が見えないのが残念だ。 「あらやだ。そういう意図で言った訳ではなかったのですよ。労働力になるという意味です。……当然、そういう(・・・・)使い方をされても構いませんけれど。」  いやらしい腰つきで、少女(アジサイ)はオレを誘惑してくる。思惑通りになるのは癪だったが、どうしても感情が昂ってしまった。 「……お言葉に甘えちまってもいいか?」 「ええ、もちろん。」  オレは少女を押し倒した。
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