村娘、睡蓮。

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村娘、睡蓮。

「ちょおっと待ったあああ!!」  叫びながら、別の狐面の少女が全速力で走ってきて…… 「どぎゃあっ!?」  途中で派手に転んだ。俺は歩み寄りながら「おい、大丈夫か?」と声をかけ、少女に片手を伸ばす。 「はぅ……!!い、いけません……殿方とこんなに距離を密にするだなんて……!!」  少女は座り込んだまま、自分の頬に両手を当てている。するとオレの後ろからアジサイが来て、俺の服の袖をチョイチョイと引いた。 「その娘のことはお気になさらず。さあ、続きをいたしましょう?」  アジサイはそう言いながら、着物の胸元を広げた。 「さ、させないのです……!スイはそんなの許さないですっ!だって卑怯ですし、そ、その……不純です!!」 「でも取り引きは成立していますよ。この方は私の体を、私は彼の車を。両者が納得しているのですから、貴方にどうこう言われる筋合いはありません。」 「ふぇ……あ、あのっ……お兄さん……この人は選ばない方が……いや、選ばないでほしいです!え、え、選ぶならそのっ……スイの方がいいと思います……!」  なんだかよくわからないが、オレ(の車?)の取り合いが始まってしまったみたいだ。車は四人くらいなら乗れるし、この二人を連れて、イチゴと村を出るのもありだと思うが……。 「スイを連れてってください!スイは良い子ですから……!!お願いも沢山聞きます!なんでもするので、お願いします……!!」 「スイレン。早い者勝ちという言葉をご存知で?同じ条件を示して寄って行ったのなら、当然選ばれるのは先に寄った私です。そうですよね?」 「で、でもっスイの方が可愛いです!!」 「……あー……両方ってのはありか?」 「「なしです!!」」  こりゃ困ったな、と俺は頭を抱えた。  アジサイとスイレン。どちらもこの村の生贄候補で、オレの手を借りて村から逃げようとしている。そして、現在はそれぞれオレの腕にしがみついている。 「あのさァ……彼女(イチゴ)に見られると誤解されそうだから、ちょっと離れてくんねェか?」 「その方だけ連れ帰ってしまいそうなので……離れません!」 「あら、スイレン?なんでも言うことを聞く良い子だと自称していなかった?」 「はぅ……。」  たちまち、二人はオレの腕を解放した。 「……イチゴの奴……おせぇな……。」  ふと車を停めた方を見た、その時だった。  車がない。 「は……!?なんで車が無くなってるんだァ!?」 「ふぇ!?」 「あら、本当ですね……。もしや……彼女さん、貴方を置いて逃げたとか?」 「はァ!?何言ってやがる。イチゴがそんなことする訳──」  オレはアジサイに掴みかかった。すると、ポケットでチャリっと音が鳴る。触ってみると、それは車の鍵だった。 「……ほら、鍵だってあるし……。それにしても困ったな。これじゃお前らを連れ出すどころか、オレも帰れなくなっちまう。」 「鍵……?」 「車の鍵だよ。」 「車を使うには、鍵が必要なのですか?」 「スイ、初めて見ました……!」  マジかよ、とオレは目を丸くする。二人は二人で、車の鍵に目を丸くしていた。ここに来るまでの道も、車がギリギリ一台分通れるかどうかといった幅だった訳だし、この村周辺に「車」という画期的なアイテムはないのだろう。……本当に、ここ現代日本かよ。タイムスリップでもしてきちまったみてェだ。  そんなことを考えながらもオレは、イチゴが入っていった家屋の壁にもたれかかって彼女を待っていた。
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