山道、迷走。

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山道、迷走。

 オレは呟いた。 「……迷っちまったなァ。」  コンクリートで塗装されている訳でもない山道を、軽自動車でゆっくり走りながら。助手席にいるオレの彼女・イチゴは「えぇっ!?」と驚きを隠せない様子だ。 「迷ったって、いつから!?」 「だいぶ前だ。」 「そんな涼しい顔で言わないでよ……。じゃあ、もう引き返そ?」 「お前、バックミラーってわかるか?」 「それくらいわかるっての。馬鹿にしない……で!?」  バックミラーを見たイチゴは息を呑む。バックミラー越しに見える、車の後ろの景色。何故か、鹿が群れていやがった。 「こんなに鹿が!?ツノ怖いし!!危ないよ!!もっと速く走ろうよ!!」 「ワイルドな女だなァ、イチゴは。生憎その鹿肉(しかにく)共は、さっきからこの速さでも襲ってきちゃいねェぜ?何故か同じくらいの速さで歩いてきやがる。……鹿って、変な習性があるんだなァ。」 「いやいや、そんなの聞いたことないって。ねえ、怖いよ。私帰りたい。」  袖を掴みたそうにしつつも、この細道でそれをすると危険なのがわかっているのだろう。イチゴはその手を宙に浮かせたまま怯えている。 「お降りの際はお気を付けくださいよ、お姫様。オレにゃ帰り道なんざわからねェが、イチゴにはわかるんだな?まぁ、気ィ付けて帰んな。」 「帰り道なんてわからないわよ……!!」 「じゃあもう進むしか無いんじゃねェの。この鹿肉共も、そういう道標を出してる訳だしなァ。」  そう言ってやると、イチゴはムスッとした顔で黙った。……黙ってても可愛い女だ。 「……ねえ、何か聞こえない?」 「聞こえねェよ、祭囃子の音なんざ。」 「聞こえてるじゃん……。」  太鼓、笛、合いの手。そんな音の織り交ざった、祭囃子の音が徐々に近付く。 「怖いから、一旦止まらない……?」 「車が止まっても、鹿肉共は止まらないかもしれないぜ?」 「うう……怖いこと言わないでよ……。」  オレは右手でハンドルを握ったまま、左手でイチゴの頭を撫でてやる。 「太鼓が勝手に鳴ることはない。つまり、この先には人がいるんだ。道くらい教えてくれるんじゃあねぇかと思うが、どうよ?」 「……はーっ!もう、どうせ私に拒否権ないんだよね!?」 「当ったり(めぇ)だろうが。イチゴは黙ってオレに着いてきてりゃいい。」 「良くないっての、ばか。」 「バカって言った方がバカなんだよ、バーカ。」 「小学生が運転しちゃダメよー、全く。」 「わりィが文句は、精神年齢小学生のオレが免許を授かることを止めもしなかった自動車学校に言ってくれや。」  そうこうしているうちに、車一台分が通れるくらいの、大きな木でできたゲートが出てきた。 「突っ切っちまうか?」 「……好きにして。」 「こりゃまた随分と可愛いこと言うねェ。」  俺は速度を落としながら、ゲートに近寄って行った。ゲートの左右は木製の高い塀があり、中が見えない。俺は構わず、ゲートの先へ侵入した。
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