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神々の過ち
太陽と豊穣と織物の神である天晴大御神(あまがはらおおみかみ)は天界から雪治の様子を眺めていた。今日も神子が愛しい、とばかりに穏やかな笑みを浮かべていたが、雪治の傷が治るところを見ると目を見開き、関係各位を緊急招集した。
集められた八誉命(やつほまれのみこと)、護国武尊(ごこくたけるのみこと)、猛外宿禰命(たけのとのすくねのみこと)、天子夜命(あまのこやのみこと)、竈火大神(かまどびのおおかみ)、時和大神(ときわのおおかみ)、大器永巫命(おおきながひめのみこと)、聖鷦鷯神(ひじりのささきかみ)の8柱は正座してアマガハラの言葉を待ち、アマガハラは雪治のことを主に頼んでいる武神たちを中心に見つめ、全てを見透かすように目を細めた。
「私は神子の治癒力を高めるのは暫くしてからが良いだろうと申しました。そしてそれは戦いの最中だけ効果があればいいだろう、とも。けれど、神子は既に人智を超えた治癒力を持っているようなのです。……これはどういうことなのでしょう」
ぎく、とヤツホマレ、ゴコクタケル、タケノトノスクネ、カマドビの肩が跳ねた。彼らはそれが悪いことだとは考えていなかったが、アマガハラの怒りを感じ取り、事情を知らなかったヒジリノササキたちの息を呑む音を聞いたことで、初めて悪いことをしたのだと自覚した。代表してタケノトノスクネが恐る恐る口を開いた。
「申し訳ございません……神に近付けるのだから嫌がりはしなかろうと……」
「馬鹿たれが!お前たちは人の心を下界に忘れて来たのか!!」
それに声を荒らげたのはかつて自身も巫女であったオオキナガヒメだ。紅一点の女神でありながらこの9柱の中では最も肝が据わっていてアマガハラからの信頼も厚い。鞘に入れたままとは言え持っている刀で容赦なく4柱の頭を1発ずつ順に殴った。更にもう1周しようとした彼女を、アマノコヤがやんわりと止めた。
「まあまあ大器永巫命、そのくらいで。阿呆どもを殴ったところで何も解決はしません」
「……ふん」
渋々オオキナガヒメが刀を置いて座ったところへ、カマドビが鎮火しかけた火に思い切り油を注いでしまった。
「でもよ、天晴大御神サマ!治癒力を上げてたから無傷で倒せたんじゃないのかよ!って、痛えッ!?」
「……貴殿は本当に阿呆だな」
当然、再度怒りに火がついたオオキナガヒメから先ほどよりも強く頭を殴られ、カマドビは頭を押さえてうずくまった。そんな彼を見てヒジリノササキはやれやれと溜め息を吐いた。ずっと黙っていたヤツホマレとゴコクタケルが怖ず怖ずとアマガハラを窺い見ながらやっと口を開いた。
「あ、あの……やっぱりなし、とはいかないのでしょうか」
「皆が怒るほどの仕打ちになるなら、今からでも取り上げれば……」
「愚か者!!」
あまりに浅慮なふたりの提案に、今度は誰よりも先にアマガハラが声を荒らげた。彼は平素、物腰柔らかで滅多に声を荒らげることはない。故に、そのひと言だけで如何に失策だったかが彼らに重く伸し掛かった。冷や汗をかきながら深く頭を垂れる4柱に、アマガハラの震える声が注がれた。
「私たちが高めた力も与えた力も、その全ては不可逆です!そして人智を超えた力はその大概が人々にとっては恐怖となり、恐怖は人々を攻撃的にさせます。……もしもあの治癒力を友に見られたら、神子は友を失くし……もう2度と人々とは触れ合えないかも知れません。……彼は私たちを恨むでしょうね」
怒りと悲しみで身を震わせるアマガハラの言葉に、失策をしでかした4柱だけでなく、この場に集った8柱全員の血の気が引いた。
時渡りの力、霊力、そして高い治癒力を持っている雪治が神々を恨み闇に堕ちてしまったら、武神が3柱揃っているとは言え手に負えない可能性は高い。そもそもここにある9柱全員が神子である雪治を愛してしまっている以上、闇に堕ちたとしてもロクに戦えないだろう。
「そ、そうだ、今夜にでも神子に謝れば!」
「やめておきましょう」
「事態を悪化させるだけでしょうね」
カマドビがいいことを思いついたとばかりに言うが、神妙な面持ちのヒジリノササキとアマノコヤに制止された。さすがにカマドビも事態の重さがわかっているのか、ぐ、と押し黙った。
「今はただ神子が……雪治が乗り越えてくれることを願うしかありません……」
アマガハラは悲しげに目を伏せてそう言うと、他の誰も入ることのできない、彼だけの神域へと籠もってしまった。
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