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耐えきれぬは
そんな話をしているうちにあっという間に昼時になり、雪治の腹の虫が空腹を告げた。すかさず優矢がメニューを取って雪治に差し出し、なつもメニューを取って志信と覗き込んだ。
「俺オムライスとBLTサンド」
「びーえる」
「やめなさい」
すぐに頼むものを決めた雪治が優矢にメニューを返し、何やら反応したなつに制止をかけながら優矢がメニューを眺めた。ふふふ、と定番の流れに全員が笑みをこぼした。
各々好きなメニューを注文し、昼食を摂りながらただただ他愛のない話をしていた。しかし、彼らが食べ終わる頃に小さな事件は起きた。
近くを通りかかった店員が転んだ拍子に宙を舞ったナイフの刃が、雪治の手を掠めたのだ。小さな痛みが走ると同時に雪治は血の気が引いた。傷が治る瞬間を見られてはまずい、と咄嗟に手を友人たちから隠し、完全に治ったのを確認してから落ちたナイフを拾って店員に渡した。
志信に立ち上がるのを助けられ、雪治に怪我をさせるところだった店員が顔面蒼白でしきりに謝罪するのを全員でなだめ、店員が去ったのを確認すると友人たちが雪治を心配して声をかけた。
「大丈夫か、雪治。ナイフが当たったように見えたが」
「え、怪我した?大丈夫?」
「もしかして切れたんじゃないか?ちょっと見せてみろ」
「うん大丈夫。当たったけど切れはしなかったみたい」
雪治はへらりと笑って無傷の手を見せた。治るところが見られていなかった様子に雪治は安堵し、傷がないことに志信となつも胸を撫で下ろしたが、優矢だけが僅かに目を細めて一瞬だけ雪治に訝しげな目を向けていた。雪治は戻ってくる店員に視線を向けていて優矢の視線には気がついていなかった。
先ほどの店員が責任者を連れて戻ってきて、改めて謝罪と、彼らの会計を大幅に割り引く旨を伝えた。雪治は断ろうとしたが結局提案を受け入れることにした。
「なんか逆に申し訳ないな……」
「あわや怪我するとこだったんだから、ありがたく割り引かれとこ」
「幸運だったくらいに思っておけばいい」
「そういうもんかぁ……ちょっとトイレいってくる」
申し訳無さは残りつつも納得した雪治がトイレに立つと、しばらく間を空けて優矢も席を立った。優矢は用を済ませ手を洗っている雪治の手首を掴み、じっとその手を見つめてから雪治の目を真っ直ぐ見た。
「な、なに……」
「ナイフがお前の手を切ったのを見た」
ひゅっ、と雪治の喉が鳴った。酷く動揺した雪治の目が泳ぎ、何か誤魔化そうと口を開くものの上手く言葉が見つからない。誰が何と言おうと人間だ、と自分では思っていても友人が受け入れてくれるとは限らない。気味が悪い、怖い、と言われたらと思うと恐怖で手足が震えた。友人にだけは、人として大好きな彼らにだけは、拒絶されたら耐えられない。
優矢が次の言葉を紡ごうと口を開いた瞬間、雪治は恐怖心に耐えられず優矢の手を思い切り振り払って逃げてしまった。
「うおっ!?……あ、おい!雪治!」
雪治に振り払われた勢いで少しよろけた優矢が慌てて彼を追いかけるが、雪治は席に戻るとひと言「ごめん帰る」と告げて適当に金を置き、店を出て全速力で走り去ってしまった。
突然泣きそうな顔で帰ってしまった雪治に呆然としていた志信となつが、優矢に視線で説明を求めた。
「すまん、あいつの抱えてるもん聞き出そうとしたんだけど……ちょっと間違えたくさい」
「……今出た電車、雪治なら間に合っちゃってるだろうね」
「珍しくやらかしたな、優矢」
発車時刻を調べていたらしいスマホを置いたなつの言葉を聞き、優矢が諦めて席に座った。彼は大きな溜め息を吐いて頭を抱え、志信となつが手を伸ばしてそんな優矢の肩にぽんと手を置いた。
「どんまい、優矢」
「優矢で無理なら今はそのタイミングではなかったんだろう。少し時間を置いてまた聞いてやればいい」
「そうだな……。あー、くそ、俺の馬鹿」
「大丈夫だよ、雪治は優矢大好きわんこだから」
友人たちからの慰めに頷いた優矢だったが、内心今回ばかりは安心できないと思っていた。
雪治は「助けて」が言えない、というのは友人たちの共通認識だ。そしてそれを聞き出すのはいつも優矢の役目だったし、雪治も優矢には比較的すぐに打ち明けていた。だが、そんな優矢でもあんな雪治は見たことがなかった。
ひとまず直球で行き過ぎたことへの謝罪の連絡だけでもしようとチャットアプリを開くが、雪治の怯えた目がチラついて何を送ればいいのかわからない。雪治のアイコンである酒とつまみの画像を見つめ、優矢はまたひとつ大きな溜め息を吐いた。
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