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(こいつ。こいつこいつこいつ! この野郎――)
「な、んで、はちが」
不覚にも、今まで己が喰らってきた蝶たちの気持ちが分かってしまった。馬鹿みたいに皆なんで「なぜ」と叫ぶのかと不思議だったけれど、怖くて悔しくてやるせなくて、それ以外に言葉が出ないのだ。
にこりと恥ずかしそうに微笑んで、辰巳は比嘉の手を取った。
「はい。比嘉さんの蜂ですよ。でも、怖がらないでください。ひどいことはしませんから。大事にします」
「ひ……っ」
興奮に染まった目が向けられる。いい匂い、と言われながら顔をすり寄せられる。熱い手が頬を撫でる。大事に食べるという宣告が嬉しいものなどいるはずがない。
己が善人などと、寝ぼけても思ったことはない。人を害するしかできない蜘蛛の呪いなんて、本物の蜘蛛とは違い、害でしかない。死んだ方がいいんだろうなと思い続けて、それでも死ねずに生きてきたのが比嘉という男だ。
だけど、虫のいい話だけれど、比嘉は、己の所業がこんな形で返ってくるなど思ってもみなかった。
「しーっ、怖くない。怖くない」
「い、や……いやだ……!」
体中が痺れていて、手を動かすこともできなかった。抵抗もできずに抱き上げられて、そのまま車に乗せられる。どこに行くのかも、これから何をされるのかも考えたくなかった。
「ゆ、るして」
「おうちに帰りましょうね。これから、あなたの……僕たちの巣になる場所です。気に入ってくれるといいんですけど」
「いや、いやだ……さえき、さん、たすけ――」
「――来ませんよ」
泣き言を漏らした瞬間、瞳孔の開いた目が間近に寄せられた。
恐怖に息を飲む。子どもに言い聞かせるように、気持ち悪いくらい優しい声で辰巳は言う。
「あの男の名前、金輪際呼ばないでください。でなければあなたにひどいことをしてしまいそうだ。僕の大切なあなたを、我が物面で、見せつけるように何度も犯して――許せないんです。忘れてくださいね」
お前は俺の何のつもりだ。そう言うより先に、痛みがぶり返し、それどころではなくなった。
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