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腹の中を食い荒らされるような痛みだった。途中で喉に指を突っ込んで吐かされて、何度も水を飲まされた。けれど、どれだけ経っても痛みは引かない。眠れず、気絶すらできず、ついには殺してと懇願したのに、比嘉を撫でる手の持ち主は、決して願いを叶えてはくれなかった。
比嘉が痛いと叫ぶたびにキスをして、辰巳は献身的に比嘉の世話をした。だからといって好意を持てるわけもない。比嘉を仕掛けて嵌めたのは、状況的に辰巳本人しかありえない。自分で傷つけておいて優しくするなど、最低最悪のマッチポンプだ。
痛みが引いたころ、どぎつい抱き方をされた。以前と同じ、底なしの快楽を腹が破けるまで注がれるような抱き方だ。
「僕、今の苗字は中御門っていうんですよ」
「ひっ、ぎ……っ、あぁ! あー! い、やだぁ、ああっ、イく! いやだ、あっ」
「蜂に生まれて、蜘蛛を見るたびにムラムラして――あ、今は違いますよ。比嘉さん一筋ですから――で、どうしようかなって思ってたんですけどね。父にあたる人が助けてくれたんです。なんか、血が繋がってるんですって。ほら、蜂って卵で増えるから、その辺分かりにくいんです。父が前に飼ってた蜘蛛が、びっくりして捨てちゃったんですって」
「いっ、で、るぅ! あっ、あ、たつみ、たすけ――ひ、やだぁあ!」
「はい。たくさん気持ちよくなってください。僕も、たくさん種付けしますから……っ」
目が覚めたら抱かれて、体を洗われたら抱かれて、食事を無理矢理食べさせられたら抱かれて、声も精も枯れ果てていた。まだ自分の気が狂っていないのが不思議でならない。
日に日に膨らむ腹が恐ろしくて仕方がなかった。死のうとするたび、体が比嘉の意思に反して動かなくなるのが気持ち悪くて仕方がなかった。せめてあのいかれた蜂の顔を見なくて住むようにと布で巣を作ると、愛おしそうに「かわいいですね、比嘉さん」と撫でられるのが悔しくてならなかった。
「いら、ない」
「食べてください。蝶、お好きでしょう? あなたがおいしそうに食べる姿、見るのが好きだったんです。比嘉さん」
「いらない!」
「お腹の子にも障ります。生のお肉、お嫌いでしたか? 前は食べていたのに。新鮮じゃないとだめなのかな」
「いらない、いらない、いらない! ああああ!」
「困ったな。じゃあまた、食べさせてあげますね。僕には肉も血もおいしく感じませんし、どうしてこれがあなたの栄養になるのか分かりませんが……でも、あなたには必要なものだから。食べて、比嘉さん」
自力で捕まえたわけでもない獲物を、無理やり口に突っ込まれる。その屈辱は筆舌に尽くしがたい。それでも蝶の血肉をうまいと感じ、貪るように食べてしまう本能が憎かった。比嘉の意思など丸切り無視して、操るように比嘉で遊ぶ辰巳が怖かった。
「くるな、いやだ、もう、ころして……」
「怯えないでください。僕はただ、あなたに僕を好きになってほしいだけなんです。心まで操りたくはない」
勝手に犯して、勝手に卵を植え付けて、自死する自由さえ比嘉から奪ったくせに、何を言っているのだろう。厚かましいにもほどがある。思った言葉はそのまま口に出ていたらしい。泣きそうな顔をして、辰巳は比嘉の手を引いた。
「どうして? こんなに近くにいるのに、どうして僕を見てくれないんですか? ……そうだ。映画を見ましょう。何がいいかな。宇宙の話、比嘉さんもお好きですよね――」
しだいに全部がどうでもよくなって、比嘉は自分から話すのをやめた。突っ込まれれば喘ぎはするし、食べさせられれば咀嚼する。もう全部どうでもいいかと思ったのは、何度も吹き込まれた辰巳の言葉のせいだ。
「愛しています。比嘉さん」
「……さえき、さん……」
「呼ぶなと言いましたよね。来ませんよ。言いつけを守らないあなたに、あの人も嫌気がさしていたんです。でなければ、みすみす蜂に渡しますか?」
「嘘だ、うそだうそだうそだ、さえきさんは、そんなことしない」
「あなたに渡された蝶たちは、いつも誰から渡されましたか。家族? 友人? 同僚? 裏切らない人間なんていませんよ」
「うそ、うそ、いやだ、いやだぁ……」
人間らしい反応を返さなくなった比嘉を、辰巳はやがて抱かなくなった。比嘉の膨らんだ腹を寂しそうに撫でて、辰巳は今日も比嘉をソファーに連れて行く。
「これ、知ってますか。ノルンターナ監督の新作が出たんです。気分が落ち込んだときには、アクションを見るのが僕は好きなんです。……比嘉さんも、そうだといいな」
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