あなたのために巣を作る

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 それから間もなくもして、比嘉は産気づいた。閉じ込められて以来、とっくに日付感覚は消え失せていた。人間と同じなら十ヶ月が経ったのだろうし、蜂に近いならもっと短いのだろう。中御門家御用達の医者を呼ぶことは、比嘉が徹底的に拒んだ。こんな化け物じみた姿を、誰にも見られたくはないと思う程度には、まだ比嘉にも心が残っていたからだ。  はち切れそうに膨らんだ腹が、ひとつ卵を産み落とすごとに萎んでいく。ぶよぶよと柔らかい膜に包まれた赤子を三体産み落としたあとで、比嘉は息も絶え絶えに「気色悪ぃ」と吐き捨てた。 「生まれてしまえば、他の赤子と変わりません。きちんと孵って生き残れるかどうかは分かりませんけれど」 「ああ、そう」 「僕と、比嘉さんの、子」 「俺の? ……は、ははっ」  無理やり産み付けられた卵を、どうして自分の子だと愛せるだろう。比嘉は男だ。孕ませる側であって、逆には成りえない。苗床として使われようが、その事実を受け入れることなんて、到底できなかった。  上がっていた呼吸が落ち着くと、思考がすっと冷えていく。腹の中の卵が抜け落ちたことで、蜂の支配からも解放されたのだろうか。辰巳に対して感じていた同情じみた感情は、きれいさっぱり消え失せていた。  卵を抱く辰巳の顔には、罪悪感と、わずかな喜びが浮かんでいる。その感情さえ忌々しく思えた。 「蜂。蜂。……蜂ねえ……」 「比嘉さん? どうかしましたか」 「どうか? ああ、してるよ。ずーっとどうかしてたよぉ。やぁっと、すっきりした」    弱りきった体を持ち上げ、立ち上がる。支えようとした辰巳の手を振り払い、額に手を当て、比嘉は天を仰いだ。  哄笑が響く。ぱちくりと無防備にまたたく辰巳は、誰を目の前にしているのかも、自分がこれから何をされるのか、きっと理解していないのだろう。 「腹が減ったなぁ」 「あ、そうですよね。疲れたでしょう? すぐ、用意しますね」 「違ぇよ」  振り向きもせずにハサミを取る。辰巳が比嘉の産卵を補助する際に使っていたものだ。鷲づかみにしたハサミを逆手に持ち直すと同時に、比嘉は全力で辰巳を床に引き倒した。 「うあああっ!」  首を狙ったけれど避けられた。代わりに肩口を縫い止めるように、垂直にハサミを刺す。痛ましい悲鳴が耳に心地よい。あと三つ、ハサミがあれば良かったのにと思う。そうすれば、見た目だけは美しい蜂の標本が作れたはずだ。  広がった血の香りは、蝶のように甘くはない。それでも、鉄くさいそれは、比嘉の欠けた心をほんの少しだけ満たしてくれる気がした。 「肉ならここにあるだろ。なあ」 「ひ、がさん」  服を剥ぎ取り、肩に噛み付く。悲鳴を上げこそしたけれど、辰巳は決して逃げようとはしなかった。真っ青な顔をして、ただ肉を食いちぎられる痛みに耐えているのだから、健気なものだ。  咀嚼した肉を、ごくりと飲み込む。唇を汚す血を指でふき取りながら、比嘉は盛大に顔をしかめた。
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