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「佐伯さん、しよ」
「人が来る」
「すぐだから……、少しだけ。お願いだよ。このまま出たら、俺、誰彼構わず殺しちゃう」
冗談でも誇張でもなく、それほどまでに興奮していた。比嘉が縋り付くように佐伯の手を握ると、根負けしたように佐伯はため息をつく。「見張っていろ」とドアの向こうに立つ男に短く命じた後で、佐伯は比嘉を血だまりの中から立ち上がらせた。
「手のかかるやつだな」
「ごめんなさい」
「いい。お前をそう育てたのは俺だ」
「うん、佐伯さん……っ、佐伯さん、はやく」
肉塊の横に倒れ込み、もつれるように比嘉は佐伯の体に手を伸ばす。はじめて蝶を食べたとき、持て余す熱の抜き方を教えてくれたのは佐伯だった。
唇を合わせ、舌を絡めてエサの味を分かち合う。滅多に崩れない佐伯の顔が、血を味わうときだけは満足そうに歪む。その顔が比嘉は好きだった。
血に濡れた下着を取り去って、比嘉は己の指で後ろを広げようとした。それを制するように、佐伯が比嘉の体を抱えて膝に乗せる。とろりと笑って、比嘉は佐伯に身を任せた。体を繋げることの気持ちよさも、男でありながら男に抱かれる快楽も、すべて佐伯に教わった。今さら身を預けることに、何の抵抗もない。
武骨な指が後ろを探る感触に、吐息を漏らして背を逸らす。目を閉じ掛けた瞬間、ぴりりと己を刺す強い視線に、比嘉はパッと目を開いた。
視線を辿る。
扉の近くに立つ青年が、まばたきもせずに比嘉と佐伯を見つめていた。大抵の人間は、いくら比嘉のことを知ってはいても、実際に食人の現場や男どうしのまぐわいを見れば顔を青ざめさせる。だというのに、恐れるどころか食い入るようにこちらを見つめる男は、どういう神経をしているのだろう。
自分のことを棚に上げてそう思いかけた瞬間、ずぶりと熱い感触が容赦なく体の内側に入り込んできた。
「あ! ……あ、う……っ」
「よそ見か?」
「ん、ふ……、んーん、ちがう。肉、佐伯さんにもあげたくて」
揺さぶられながら、近くの肉塊を掴み取り、佐伯の口元へと運んで行く。眉根を寄せながらも、佐伯は比嘉の与えた肉を受け入れてくれた。その事実に興奮して、比嘉は狂人のように笑い声を上げる。
「おいしい? おいしい? おいしいねぇ! ひっ、ん……あはは!」
「ああ」
体の中を乱暴にこすられると、びりびりと痺れるように気持ちいい。猫のように頭をすり寄せ、比嘉は思うままに声を上げた。
「あ、あぁ……っ! いい、もっと、して……、佐伯さん、あは、あっははは! ァ、いい、きもちいい……」
「お前は本当に……仕方のないやつだ」
「イきたい、はやくっ、佐伯さん、ねえ……! あ、うっ、うあ……っ、ん!」
血溜まりの中で体内を抉るものの固さに、目の前がちかちかとまたたく。やがて笑い声は、意味もなさない喘ぎ声に取って変わっていった。この世で一番安心できる人の腕に抱かれながら、比嘉は頭のおかしくなりそうな快楽に、思う存分身をくねらせた。
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