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声を掛けたの、失敗したかな。
はじめ感じていたそんな後悔も、辰巳おすすめの店で食事と酒をつまんでいるうちに、どこかへ吹っ飛んでいた。
「辰巳くん、分かってるう! 俺もあれ好き。終わり方がいいんだよねぇ」
レンタルDVD店から近い、駅前の飲み屋。賑やかな雰囲気の中で、話の合う相手と飲む酒は最高だった。機嫌よく比嘉はグラスを掲げて、辰巳と何度目かの乾杯をする。
「トーテムが回ってるのが、意味深でいいんですよね。SFがいけるなら、僕はやっぱりあれが好きです。ナーロン監督の……」
「ミーシェが主演のやつ? あの監督の映画、外れないよねぇ」
「ええ。ベタですけど、宇宙で星を探すって舞台のもの、好きなんです」
「俺も俺も。夢があるよな! 一番好き!」
趣味が同じで、好みの系統まで似ている。それなのに感想や見るポイントはお互いほんの少し違うものだから、話せど話せど止まらない。比嘉は、すっかり辰巳に気を許していた。にこにこと笑いながら、零したこともない愚痴をうっかり零してしまう程度には、打ち解けてしまった。
「映画っていいよな。見てる間は、ぜーんぶ嫌なこと忘れられる」
「忘れたいことがあるんですか、比嘉さん」
「あるよぉ、そりゃあ。辰巳くんだってあるだろ? くだらねえ暮らしとかさ、体質とか、仕事とか……色々あるよ。あー、話してたら、なんか見たくなってきた。俺も借りてくりゃあ良かったな」
今から行こうかな。でもそれも面倒だしな。そんなことをうだうだ言ってはみたが、要するに話足りないだけだ。話し好きなのに話す相手がいなかった比嘉は、聞き上手で話し上手な辰巳と、もっと長く喋っていたかった。
二軒目行かねえ? 比嘉がまさにそう提案しようとしたとき、辰巳がいいことを思いついたとばかりに指を立てた。
「あ、じゃあ――」
僕の家、すぐ近くなんです。そう言っていらずらっぽく口角を上げる辰巳の顔には、妙な色気があった。
「寄っていきませんか」
聞いた瞬間、まるで女を持ち帰るときのセリフだな、と思った。生真面目そうなのに、意外と手慣れている。比嘉相手にその手腕を発揮されても困るし、まさかそういうつもりではないだろうけれど。
そうはいっても今日知り合ったばかりの他人である。人様に顔向けできない仕事をしている以上、どこで恨みを買っているか分かったものではないし、さすがに家に上がり込むのは――と断ろうとしたとき、だめ押しのように辰巳が付け加えた。
「さっき借りた新作、比嘉さんと一緒に見たいなって」
「行くわ」
比嘉は欲望に忠実であった。
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