あなたのために巣を作る

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「ベッドに運んでもいいですか、比嘉さん」 「う、ん……あ、いや、準備……」 「なら、お風呂にしましょうか。一緒に入りましょう?」    はちみつを溶かしたような声が、脳に深く絡みつく。風呂に運ばれ、辛うじて残った理性で後ろの準備をしたことまでは記憶にある。  それからのことは、あまりよく覚えていない。ソープに行ったことはないけれど、泡を使って触られるのは気持ちいいんだなと思っているうちに、イかされていた。いつの間にベッドに場所が移動していたのかも分からないのだから、大したものである。  髪の先から足の先まで、よくもここまで奉仕できるなと感心できるほど丹念に愛撫された。我慢できないから入れてくれと枯れた声で懇願して初めて、ようやく欲しかったものを与えられた。辰巳が身の内に入り込んでくると同時に、比嘉は辰巳の背中に爪を立てる。 「あ、あっ、う……っん、あ! 辰巳くん……、たつみぃ」     どろどろに溶け切った声は自分のものだろうか。頭の端だけが冷えていた。思考だけが奇妙に乖離しているような、経験したことのない状態なのに、体は素直に刺激を受け取り、媚びるような声を垂れ流している。気持ちがいいのに、気色が悪い。 ――何かが、おかしい。 「は……っ、いい、ですか?」 「うんっ、いい……、きもちいい……っ、ああぁ!」 「あ、またイっちゃったんですか」 「ひ――っ、とま、とまって、たつみく、うっ、うぁっ!」    精液が出ているんだか出ていないのかすら分からないほど、深く長い絶頂に何度も追い込まれては泣かされた。誰だよこいつを真面目そうだなんて思ったやつはと考えて、己の見る目のなさに絶望した。気持ちが良くてたまらないが、一夜の遊びにここまでのものは求めていない。  背までしっかりと抱き込まれ、足の上に乗せるようにして抱え込まれる。体位を変えられるだけでもひどく感じて、体が震えた。手を回す気力もない比嘉を、宝物でも抱えるように抱きしめて、うっとりと辰巳は囁く。 「嬉しいな。あなたにずっと触れたかった」 「ず、っと……?」  初対面だが、辰巳にとっては違うのか。一体いつから、比嘉を見ていたのだろう。 「ええ。ねえ比嘉さん、出してもいい?」 「え――? ん、ふっぁ……」  さっき出したばかりのはずだ。たぷりと液体の詰まったゴムが、いくつもゴミ箱に入っている。絶倫だなと思わなくもないが、成人しているかどうかも怪しい年ごろなら、こんなものだろう。  応える気力もない。だらしのない声を零すしかできない比嘉に、辰巳はにこりと微笑みかけた。背を支えていた手が頭に回り、愛おしむように舌が耳たぶを撫でていく。 「あなたのなかに、出したいな」     ぞっとする気持ちと、嬉しくてたまらない、わけの分からない気持ちが同時に湧き上がる。  気のせいではない。何かが、決定的におかしかった。自分の体も心も、自分のものではなくなったかのような気持ちの悪さがある。 ――何をされた? こいつは何だ?  比嘉が言葉を失ったそのとき、不意にけたたましい着信音が鳴り出した。映画の曲から取ったその音は、佐伯からの着信にだけ鳴るように設定した音だ。  ふっと頭が冷静になった。辰巳を押しのけ、転がるように比嘉は電話に出る。 「佐伯さん? どうしたの――佐伯さん? 佐伯さん!」  呼びかけた途端に、ツーと空しい電子音が帰ってくる。何度掛け直しても繋がらない。何かあったのかと不安になって、いてもたってもいられず比嘉は散らばった服を集め始める。 「比嘉さん?」 「悪いね、辰巳くん。ちょっと急用!」    雑に服を着直した比嘉は、ついでのように辰巳の頬に口付けて、慌ただしく手を振った。 「すっげえよかったよ。見かけによらず手慣れてるのな。どこかで会ったら、また話そうね」 「あ、ちょっと比嘉さん――」 「ばいばい! ああ、タチやるなら中出しはやめろよ。病気も怖いし、出された側はめんどくせえからさ」  転がるように部屋を抜け出し、比嘉は夜の町を駆けて行く。  ひとりベッドに残された辰巳は、呆然とその背を見送った後で、深々とため息をついた。 「ああ、焦りすぎちゃった……、あんなに簡単についてきてくれるとは思わなかったから……。だめだな」   長年の想い人に触れられたというだけで頭が馬鹿になってしまうのだから、恋というのは厄介なものだ。  スマホを手に取る。赤い点は、途中まで一定の速度で動いていた。それなのに、ある地点でいきなり消えてなくなってしまう。取りつけた発信機も壊されたらしい。   「やっぱり、先に保護者から剥がさないとだめかあ。面倒だけど、仕方ない」    想い人の甘い香りの残る布団をぎゅうと抱きしめる。 「僕のこと、好きになってくれるかなあ。比嘉さん」    種はすでに蒔いてある。中戸――改め中御門辰巳は、幸福感と嫉妬心で乱れた心を抑えながら、写真フォルダを埋め尽くす想い人の写真に口付けた。
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