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それから五年、私は今も、元彼の妻として暮らしている。
彼の望み通り、私は専業主婦になり、今は千葉の新築マンションで家事と子育てに追われる日々を過ごしている。彼は、今も妻の正体に気付いていない。コスメが切れたら私の方から全てを打ち明けるつもりで身構えてはいるのだけど、ルージュもパウダーもそれにアイシャドウも、いくら使っても尽きることはなく、おかげで踏ん切りをつけられずにいる。
これは罰だ。
私が、私の憧れを裏切った罰。
本当は気付いていた。復讐など無意味だと。こんなことをして何になる。憧れてもいない女に化けて、とっくに気持ちの冷めた男を落として、それで何になる。それを私は気付かないふりで、挙句、殺人まで犯して。
この単調な日々はその罰だ。かつて憧れた結婚生活とは程遠い日々。汚れた皿を洗いながら、乾いた洗濯物を畳みながら、ぐずる子供の口に離乳食を押し込みながら、毎日毎秒それを噛みしめている。逃げたくとも、逃げることなんてできやしない。そもそも〝私〟は、社会的にはすでに死んでいるのだ。顔ならメイクを落とせばいつでも戻ることができる。でも、かつて会社に将来を嘱望され、仕事と家庭を両立するパワフルな人生を送るはずだった私は、もう、どこにも存在しない。
私が殺した。殺してしまった。
だから私は、別人としてこれからも生きていくしかない。憧れとは程遠い、むしろ軽蔑すらしていた別人の人生を。
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