「2060/2/15[統治地区TYO- 08執務室]」

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「2060/2/15[統治地区TYO- 08執務室]」

「……」  未だ暗い、夜明け前である執務室の椅子で、どうやら彼は居眠りをしていたようだ。 「……また」  機能だけを優先させた執務室、全く飾り気の無いその部屋は、彼の部下からも皮肉られるほど。 「……」  そして、やや「よたれた」背広のまま、一つその背を伸ばした彼は、軽く己の首を。  グゥウ……  よく鍛え上げられた、歴戦の兵士だけが持つ、なめし革のような首筋を、軽く廻した後に。 「……」  スゥ……  目の前の執務机の下段引き出しに、皺が目立つその手を、ゆっくりと向けて伸ばす。 「……今も」  取っ手を引いた、その底の深い引き出しの中に、無造作に置かれている。  キィン……  電子タグが付いた、一振りの剣、刀。 「……今も、昔も私は」 ~コード~ 「fire-02発火型刀剣-oldタイプ」 「あの、地獄の業火に」  それは、もはや骨董品どころか。 「……過去に、囚われているのだろうか?」  現在の主力火器と、中世の火縄銃までの差がある、まさしく無用の長物。 「……旧式の霊的武器」  いや、すでに。 「……カグツチ・コピーか」  机の中で、すでに全ての力を失っている、このコピー品の、この模造刀どころか。 「……フン」  本家「カグツチ」の性能すら上回っているのが、現代の装備だ。 「所詮は、型落ちの武器だ」  しかし最近、彼は。 「……」  昔の夢を良く見る。 「……私も、老いたかな?」  獅子王、人はこの地区を統べる彼、独裁者をそう、畏れを込めつつ、呼ぶ。 「……まだまだ」  歯向かう者には、徹底して無慈悲。 「救世主達を、始末しきれてない、のにな……」  まさに、恐怖でもって、この地区を統治している、暴君である。 「……さて、と」  ただし、己の贅沢を求めない、質実剛健な性格の為に、敬意を払う者もいるが。 「まずはメールを」  そして、彼が残酷無比な態度で、地区の支配をしている傍ら。  カァ、タォ…… ――小田切より、定期の支援です――  という、もはや本人すらも忘れかけている、古の名で善行を行っている事。 ――このクレジットで孤児達の、支援を御願い致します――  それを彼は、決して、誰にも話さない。 「……いささか、保守の為とは言え」  それが、自らがその手に掛けた、初恋の。 「キーボードは、疲れるな……」  無力な小僧であった時の、彼が愛した女性。 「……神楽さん」  いや「同級生」との、遥か過去への仁義。 「……」  そして、彼は再度、思い出の品、刀が納められている、机の棚へと。 「……さて、行くか」  その、鋭い瞳を向ける。 ////////////////  煤けた、熱を持った埃が舞うアスファルトに展開する、王の私兵達。 「やや、旧式にはなるが」  老いてなお、逞しい獅子のその手には、やや大型のライフル銃。 「私の手に、よく馴染む……」  AM(アンチ・メシア)-22ライフル、その銃口からコンマ単位で放たれる弾丸は、能力者の使う防護壁など、簡単に貫通出来る。 「王!!」 「来たか!?」 「似非どもの数は!!」  彼は、獅子王は純粋な意味では、ランク外の能力者だ。 「約、百人、遠視で確認!!」 「ならば、勝てるな!!」 「ハッ!!」  だが、彼がこの偵察兵を含む、数多の能力者を統率出来る、その秘訣は、単に。 「……全部隊!!」  異能者、能力者との「戦い方」をマスターしているからである。 「まずは、テキのSランク、および!!」  ランク分け、それはいささかビデオゲーム染みているが、昔の戦闘機が交戦した時の「脅威度」と同じものである、意味合いとしては。 「Aランクを退ける!!」 「ハッ!!」 「……」  彼が昔に愛した娘、彼女は今の基準に合わせると、恐らくは。 ――Aランク、よくてそれのプラス……――  に、なるだろうが、たとえ。 「あれは、でかいな?」  彼の遠目に見える、一際大きい巨躯の能力者。 「ホログラフィーでしょうかね、王?」 「が、歯応えはありそうだな?」  まさに古の怪異、鬼に似た、簡易判定「Sランク」の救世主、能力者であろうとも、この獅子王には勝てない。 「狙撃班、スナイパーキャノン準備!!」 「しかし、人間相手に、あれは火力が大き過ぎ……!!」 「人間ではない、奴等は怪異だよ、君!!」 ――……私は、今?――  怪異。 ――そう、そう言ったな?――  それは懐かしく、そして忌まわしい名前だ。 「情けを掛けるなよ!!」 「は、ハイッ!!」 「……」  それらによって、彼「獅子王」の家族は殺されたのだ。 「……あれから、何年経つのか?」  あの日、世界規模の破滅の日から、何十年も掛けて、人類はそれらを駆逐した、遥か過去の、聖戦の記憶。 ――……母さん、沙耶、コタロォー!!――  そして、その「聖戦」には、弱者であった「コウコウ生」の頃の獅子王もまた ――あれは、あの日に見た彼女に対しては―― 「彼女」と共に、非力ながらも、参加した。 ――大きな、誤解だったな――  だが、今の、この世この世界、この世の人類の敵は、かつての、怪異を駆逐する原動力となった異能者達、こと「救世主」達。 ――奴等、人の心が読めるんだってよ!!―― ――口から火を吐いたり、空も飛べるらしいぜ!!――  そうなってしまった、理由は人類にもある。 ――奴等は、悪魔だ!!――  だが、必ずしも、彼ら彼女らの異能者への、救世主に対する、常識人達の脅え。 ――何を言うか、下等ニンゲンが!!――  恐れ、それだけが。 ――世界は、ワレワレ新人類にこそォ!!――  迫害、敵対の理由では、ない。 ――国会は、本日、対救世主、治安維持ホー、を!!―― ――弱き無能力者の、法などォ!!―― 「救世主」とて、人間なのだ。 ――あの、小田切君は―― ――あっ、なに神楽さん?―― ――私の、どこを、好きになってくれて……――  良くも。 ――この世は、救世主にこそ、支配されるべきなの、ダォア!!――  悪くも、人間なのだ。 「……人間はな」  そして、彼が。 「普通の人間は……!!」  獅子王が、その手に取り出した、パイナップル。 「貴様ら救世主の」  対メシア能力反応弾、それの手榴弾タイプ。 「支配などは、望まん!!」  確実に、最高レベルの「能力者」すらも打撃を与え、そして異能が無い者には、全くの無害な投擲武器。 「くらえ!!」  それを、彼は。 ――……小田切君――  一人の、女性の顔を思い浮かべつつ、思いっきり。 ――……元気でね――  奴等の、中核と思われる。 ――……ン―― ――……神楽さん!?――  戦列に投擲しつつも、その年老いた、彼の乾いた唇に。 「……フフ、たかが女の唇など」  甘く、酸っぱい思い出が、滲んで来る、来たのを。 「何度も触れたのに、な」  王は頭を一つ振って、退ける。  ヒュオゥ……  彼の肩では、いくらサイボーグ化してあるとは言え、せいぜいが二十メートルが手榴弾の射程距離、しかし。 ……ブシュ、ア!!  一度投擲すれば、投げた人間の思念に従い、その射程は。 「……全く、それにしても」  条件さえ良ければ、十キロメートルまで「跳ぶ」事がある。 「救世主、怪異たちの力を解析した結果が、そやつらを容易く仕留める武器、それらを産み出した、その事を」  ガァア……!!  似非救世主達の持つ対空砲火が、自動的にその手榴弾を撃ち落とそうとしている、が。 「最近の若い奴等は、解っておらん……」  パァ、パァシュ!!  新型のカテゴリーに入るその手榴弾は、まさに「救世主」達の張るバリアーと同質の物を備え、防護されている、そして。  ボゥ……!!  獅子王の「強化」された双の瞳、その目前で。 「……さあ」  数多の肉片が。  ガゥア!!  輝き、光り。 「出足は挫いた、似非救世主達を、皆殺しだ!!」 「イエッサー、王!!」 「行くぞ!!」  蒼く、光り、そして。 「まずは、怪異の使役能力者から!!」 「了解!!」  救世主の群れが、弾けた。
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