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「直道様、紅茶でございます」
「……神田、紅茶と言って珈琲を出すな。お前分かってて珈琲にしただろう?」
「直道様がボンヤリしていらっしゃるので、苦い珈琲の方がよろしいかと思いまして」
「お前は本当に慇懃無礼だな」
僕は仕方なく珈琲を飲んだ。
この苦味はどうも好きになれない。
香りもあまり好きではない。
「神田、窓を開けてくれ。夜風にあたりたい。息が詰まりそうだ」
「また例の症状ですか?」
「病気じゃない。体質だと何度も言っただろう?」
僕は厄介な体質だ。
昼間は大丈夫なんだが、夜になると人以外の声が聞こえて、寝不足になってしまう。
夜は人間が眠る時間だということを忘れたのだろうか?
それでも僕は、その声を無視することはできない。
その声は誰よりも純粋で、真実のみを訴える。
真実は人を狂わせ、真実は人を惑わせる。
春先の夜風の冷たさは、僕の煮詰まった頭を冷やして癒してくれる。
遠くに見える瓦斯灯の灯りも暗闇に溶け込んで、幻想的な景色で、有名な画家の絵画を見ているかのような気分にさせる。
そして僕の目の前にひらひらと舞う桜の花びら。
葉桜になる前に、また僕に不可解な事件が舞い込んでくるのだろう。
本当に桜は嫌いだ。
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