薄桃色の昼

1/3
前へ
/10ページ
次へ

薄桃色の昼

「不思議だとは思わないか」 「……なにがだ」  また始まった、と俺は諦めに近い心持ちで聞く。実巳(さねみ)はひらひらと舞う薄桃色の花弁を目で追いながら続ける。 「私たちは花見と聞いて、桜を想う。なぜだろう? そこいらの野花を眺めても、それは花見とは言わん。いささか不公平じゃないか」 「お前はそれだから嫁を貰えんのだ」  俺の嫌味もなんのその、実巳は愉快そうに笑った。涼しい風がさやさやと奴の栗色の髪を(なび)かせる。 「誠一(せいいち)にそんなことを言われる日がくるとはなあ。人生なにが起こるか分からんね」 「阿呆か。もう少し真剣に受け止めろ」  俺は深い溜息をつく。小さなことに一々意味を見出そうとするのは、実巳の悪い癖だった。探究心があると言えば聞こえはいいが、俺にとっては面倒なだけだ。毎度こういった問答に付き合わされる身にもなってほしい。 「生涯独り身でいるつもりか」 「さあ、どうだろう。運命の乙女と出会った暁には、私も身を固めようとも。お前と絹代(きぬよ)さんのようにね」  絹代というその響きに思わず顔が曇る。実巳はそれに気が付くと、不安そうな面持ちで尋ねてきた。 「絹代さん、具合がよろしくないのかい」 「いや、新しい薬が身体に合ったようで、顔色もいい」 「なら、夫婦喧嘩かい」 「……桜が」 「え?」 「なんでもない。さっさと行くぞ」  俺は大股に歩きだした。道端の、肩身が狭そうなアカツメクサが目に留まる。確かにこれを花見とは言わんだろうな。  桜は好きだ。  寒い冬の終わりを告げる、薄桃色の便り。陽だまりの中に咲き誇るそれはまるで、希望の成る木であるかのようで。  
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加