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薄桃色の昼
「不思議だとは思わないか」
「……なにがだ」
また始まった、と俺は諦めに近い心持ちで聞く。実巳はひらひらと舞う薄桃色の花弁を目で追いながら続ける。
「私たちは花見と聞いて、桜を想う。なぜだろう? そこいらの野花を眺めても、それは花見とは言わん。いささか不公平じゃないか」
「お前はそれだから嫁を貰えんのだ」
俺の嫌味もなんのその、実巳は愉快そうに笑った。涼しい風がさやさやと奴の栗色の髪を靡かせる。
「誠一にそんなことを言われる日がくるとはなあ。人生なにが起こるか分からんね」
「阿呆か。もう少し真剣に受け止めろ」
俺は深い溜息をつく。小さなことに一々意味を見出そうとするのは、実巳の悪い癖だった。探究心があると言えば聞こえはいいが、俺にとっては面倒なだけだ。毎度こういった問答に付き合わされる身にもなってほしい。
「生涯独り身でいるつもりか」
「さあ、どうだろう。運命の乙女と出会った暁には、私も身を固めようとも。お前と絹代さんのようにね」
絹代というその響きに思わず顔が曇る。実巳はそれに気が付くと、不安そうな面持ちで尋ねてきた。
「絹代さん、具合がよろしくないのかい」
「いや、新しい薬が身体に合ったようで、顔色もいい」
「なら、夫婦喧嘩かい」
「……桜が」
「え?」
「なんでもない。さっさと行くぞ」
俺は大股に歩きだした。道端の、肩身が狭そうなアカツメクサが目に留まる。確かにこれを花見とは言わんだろうな。
桜は好きだ。
寒い冬の終わりを告げる、薄桃色の便り。陽だまりの中に咲き誇るそれはまるで、希望の成る木であるかのようで。
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