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出会い
◇ ◇ ◇
出張帰りに訪れた片田舎で、俺は足を挫いた老婆に出くわした。見捨てることもできず、家まで負ぶってやることにする。街灯もろくにない夜道を歩くと、畑ばかりの土地に佇む小さな家にたどり着いた。
息子夫婦は涙を流して何度も土下座をし、俺を客間へ通してくれた。家具やらの傷み具合を見るに、貧しい生活を送っているのは明らかだった。
彼らが茶を用意するために席を立つと、遠くで襖の開く音がする。
「おばあちゃん、帰ってきたの……?」
消え入るような声で祖母の安否を伺う女性のために、俺は席を立って声のする方へ向かった。
それが絹代との出会いだった。
天女がいると思った。夜空で染め上げたような黒髪は艶やかで、雪のような白肌は触れれば溶けてしまいそうで。やせ細っているのに、その瞳には俺の心を掴んで離さない力強さがあった。
必死に身を乗り出して部屋から出ようとする彼女を、俺はおっかなびっくり抱きかかえて布団に寝かせる。持ち上げた腕にまったく重みを感じず、不安に駆られた。ほんの少し力を入れれば、簡単に壊れてしまいそうだった。
「おばあさんは私が連れて帰りました。足を挫いたようですが、お元気ですよ」
「ああ、なんとお礼を申せばよいのか。ありがとうございます。本当に、ありがとうございます……」
両親同様、彼女も涙を流して礼を言う。その頬を伝う一滴さえも美しく、彼女を抱く手に熱が宿る。
「君、名前は」
「絹代でございます」
「絹代か、君にぴったりな名だ」
ゆっくりと彼女から手を離すと、そっと布団を掛けてやった。廊下から慌ただしい足音と共に、絹代の父が顔を覗かせる。
「おや、こんなところで何を……」
「私が部屋から出たものだから、床に運んでくださったのです」
心配そうな父に、絹代は事情を説明してくれた。彼もそれを聞いて安堵する。
「そうでしたか。娘までご迷惑をおかけして、貴方はまこと仏様のようなお方だ。見ての通り病で臥せってはおりますが、移るようなものではないので––––」
「娘さんを私にいただけないでしょうか」
「えっ」
突然の申し出に困惑する二人に、俺は深い土下座をした。誰が見ても気が狂ったとしか思わないだろう。
けれど俺には確信に近いものがあった。彼女こそが生涯を共にする運命の相手なのだと。
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