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急に地面に落とされた青年は意識はまだ辛うじてあるもののぐったりと横に倒れたままだ、今度は細い糸のような物がまるで意志を持っているかのように青年に絡みつき釣り糸にかかった魚を手繰り寄せるように引っ張られた。
引っ張られている最中鬼を見ると片腕を食いちぎられもう片方の手にはボロ雑巾のような黒いものと鬼の首に噛み付く狗のような影が見える、手に持たれていた黒いものはどろりと粘着質のある液体に変わりべちゃべちゃと床のシミに変わる
この細い糸のようなものにとてつもない速さで引き摺られるが、曲がり角を曲がっても打ち付けられることは無く痛いのは引き摺られている尻だけだ
(これも鬼…?)
随分と先程の鬼から離れたあたりで引っ張っているものが見えてきた。
黒くうねうねとしていて縦に裂けるように大きな口が着いている、この口に青年は見覚えがあった。つい最近までずっと青年に齧り付いていた口だ
「…かう……ひめ?」
掠れた声でその口に問いかけると返事をするようにべろりと血だらけの青年の顔を舐めたのだ
糸のような黒髪が抱き抱えるように大きな口の後ろ…つまり人の姿の喰姫の方へ移動させると全身を髪の毛で覆われた喰姫が嬉しそうににこにこしながら青年に抱きついた。
「君ひとり…なの?」
喰姫は頷き青年を指さした後、両手で走るような動きをした。つまりは探してこいと言われたということだろう
鬼のいる所なのに1人で探させるという事は普通の少女には出来ず、喰姫が想い人であり鬼に対しての対抗手段がある
足元を支える大量の髪が蠢きずるずると引き摺るように移動し始める。青年は喰姫の髪に掴まれたままだが全身を強く打っている青年は辛うじて声は出せても指一本も動かせない状態なのでされるがまま、いつものように縫われた口で噛まれるのだった──────────
「……あぁ…少し手強そうですね。」
隆文と一緒に青年を探す途中で良元は歩みを止め独り言をぼやいた。
「見つけたのか…?」
良元が呼び出した眷属は早速青年を見つけたらしいが、あまり芳しくない状況のようで良元は口を尖らせ眉を歪めた。
「相当人を食べてますねこれ………隆文、喰姫の元に先に行かれてください喰姫だけでは骨が折れるかと」
小さな符を取り出すとその符は黒々とした蝶へと変わり隆文の前をひらひらと飛び回る
「その子が連れて行ってくれます。」
「お前は?」
目の前の骨の山と異様な程綺麗に保存された白無垢を見ながら「私は1人で大丈夫です。」とだけ言った。
良元は霊力こそないものの鬼の力を扱える為眷属を使って鬼を追い詰める、鬼の力を使用している間は角が出てしまうためこういった共同討伐の際に一悶着起きるのだが、あの度々茶化してくる隆文は割と良元と仲が良い為問題が起きることはそう無い。
「鬼が一体とは限らないから気をつけろよ」
蝶に案内されるまま隆文はドタバタと廊下をかけて行くのをにっこりと手を振りながら見送ると白無垢にそっと触れた。
鬼の気が強く、鬼の目を持つ良元はその鬼の感情を汲み取ることができる。鬼とは言え元は想い人であり、行動原理は想い人と同じである為想いの元を辿れれば送ることが出来る。
しかし鬼となってしまった想い人は月日が経つにつれ固執した感情となり、終いの果てには何故自分が想い人になったのかさえ忘れてしまう鬼も居るが、この鬼はきちんと想いを残したままであった。
「……死んだ身体すらなににも渡したく無かったのですね……」
白無垢を触れながら額にもその布を触れる、流れてくる感情の多くは『なににも渡さない』という強い強い感情だ。
感情の中に眠る記憶をぼんやりと見ても僧が愛していた人物の顔は酷く歪んでいて認識が出来ない、分かることは少年から青年ほどの男だろうと言う情報でこの僧はその子を心の底から愛していたという事だった。
「あぁ……なんと浅ましいこと……」
死んだ後も死体に愛情を振り愛でた。
そして虫に食われるくらいならこの身に留めて置きたい為にその死体を食ったのだ。
全て私のもの、1滴残らず私とひとつに……と
かつて愛する人をなくした良元はこの鬼の気持ちは痛いほどよく分かったと同時に、なんて浅ましくて烏滸がましい願いなのだろうと嘲笑った
その目で看取れたというのにその傲慢な欲求に吐き気さえも覚え、良元は口元を袖で隠した。
恐らくこの白無垢は死んだ後に着せて冥婚(死んだ人と契りを結ぶこと)をしたのだろう、彼の魂が戻ってくるのを祈りながら何度も何度も顔も分からないまま死体になった『彼』と冥婚し食い散らかしてまた振り出しにもどる。
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