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「口先だけの強者など野良犬の腹の足しにも満たん、お前は長らく良くやっているぞ良元」
「有り難きお言葉、この胸に納めておきます。」
良元は深く頭を下げ踵を返した、その後を続くように隆文達がゆっくりと歩き出した────
屋敷を出たのはもう夕刻になってからだった。
穏やかな風が水路縁に生える柳の葉を落とす音が聞こえる。
くっつき過ぎないように青年は良元の隣を歩いていた、良元は大柄とは言えないがそれなりに身長があり青年の方が3寸か4寸ほど低い。
「腹の足しになんか食いてぇな」
隆文の腹が物欲しそうに鳴く、場所が遠い為すぐにでも出発すると言う話だ。
矢頭峠へ向かう道中で青年に必要最低限の札の作り方を教えるという事で落ち着き、今は良元の住んでいる長屋に札作り用の筆と紙を取りに行く最中であった。
「私達は一旦札を取りに行くので隆文は野営用の食料を買ってきてください。牛舎で落ち合いましょう」
「分かった。」
馬で向かっても数日はかかる為今回は馬ではなく牛車で行くようだ。
隆文達と別れたあと、使われていない小さめのつづら箱を引っ張り出して上質な毛で作られた筆を矢立(持ち運び用の筆入れ)に入れ掌の長さよりも少し長い長方形の形に整えられた妙な肌触りの紙の束と、それよりも質が劣る同じ大きさの紙の束を一緒に入れた。
「墨は溢れるので持ってて下さいね」
片手で収まる程の竹筒を渡され腰布に括りつけた、歩く分には問題ないが座ってしまえば忽ち尻が黒く染まることになるだろう。
「そういえば何の基礎知識か教えていませんでしたね。」
つづら箱を両手で抱えながら今から青年が覚えていかなくてはいけない事を良元は説明し始めた。
「想い人を送るのは同じ想い人や妖、霊力と言う特殊な力で払うのが一般的です、が……貴方に霊力を持つ才能があるかどうかは私には分かりかねます。」
青年は何かを探すかのように両手を見たが、そこにあるのは豆ひとつないまだ幼さが残る手だった。
「霊力があると色々と便利な上応用が効きやすいのは確かですが、霊力がない代わりに血を霊力の代わりの媒体として札を作ることが出来るのですよ。」
「俺も使えるんですか…?」
不安そうな青年を落ち着かせるように穏やかに笑みを浮かべ頭をそっと撫でた。
「えぇ勿論、ただ霊力よりも殺傷能力は低く血文字でしか効力をはっきしないので前準備が必要になります。」
しばらく良元の言う事を耳にしながら歩くと牛舎が見えてきた。
まだ隆文達は来ておらず撫子が手配した牛車に使う屋形が置いてあった、屋形には寝袋として使えそうな柔らかな布と野営用の鉄鍋や火打石後は牛用の餌なのか藁が積まれていた。
つづら箱を載せそそくさと良元は牛舎の中へと入っていき牛を1頭連れて戻ってきた。
その牛は普通の牛よりも一回り二回り身体が大きく脚も筋肉質であった。
「凄くいい牛だ…」
「おや、あなたも分かりますか?気性は少し荒いですが普通の牛よりも持久力が高いのですよ」
鷺足に置かれた軛を牛に取り付けていると団子をつまみながら食材を持った隆文と食材を背中の籠に入れた喰姫がやって来た。
「おー!いい牛だな!いいか?あまりにも美味しそうだからって食うなよ?」
子供に言い聞かせるように隣の喰姫に言うと彼女は大きく頷いた。
屋形の中に入りどかりと隆文は座ると腰に据えた大きめの刀を横に置き喰姫においでおいでと手を動かのを見ながら青年も座るのだった。
──────移動をして3日ほど、青年は牛車に揺られる屋形の中で揺れる筆と睨めっこをしていた。
「こんなに揺れてちゃ書けないですよ…良元さん…」
「ダメです。どんなときも素早く正確に書く練習をしなければなりません」
思ったよりも良元の指導は厳しくげっそりとしながら青年はまたうんうんと唸るのをくつくつと笑いながら隆文は布を咥え鉈のように厚みがある刀の手入れをしていた。
「喰姫…もう髪が涎だらけだよ…」
暇をしている喰姫は後頭部の大きな口で青年の頭を甘噛みしているが、最早慣れてきているのか注意はしてもどかす気は無いようだ
しばらくそうしていると次第に振動が無くなりついに牛車は止まった。
「着きましたよ。」
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