記憶のない青年

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牛車から降りると茅葺き屋根の民家が転々としており壮大な棚田が広がっていた。 「想い人はこの辺で唯一の薬屋で現れるっつう話だ」 隆文が言うにはどうも真夜中にその想い人は現れるらしく、薬屋の戸を叩いては「子供が高熱を出していて薬が欲しい」と外から言ってくるそうだ、店主が熱を下げる薬をもって戸を開けると店主に気付かずにまた戸を叩いて同じ事を繰り返す為、冷やかしだと思った店主が肩を掴み顔を見るとその顔は顔とは認識出来ても誰か分からないほど歪んだ目鼻と口から大量の血を吐いていたのだと言う。 驚いた店主は薬を投げ捨てそれ以降毎日のように戸を叩く音に怯え遂には床に伏せってしまったと言う話だ。 「害は無さそうですが薬が欲しいと言っているのに薬を受け取らないのは不思議ですね…」 「恐らくその僧の望みは薬じゃなくて子供なんじゃねぇかと思うんだ、だから何処の子供か探すために頭に情報を求めたんだよ」 恐ろしい話を聞き青年は喰姫にしがみつくと喰姫は優しく背中を撫でながら後頭部の口ではなく縫われた口を少し開け髪を噛んでいた。 時と場合によって使う口は変えるようだが、青年を噛むことに対しては遠慮は無いようだ。 「例の薬屋で過ごしましょう」 「賛成だ」 例の薬屋へ着き薬屋の店主の奥方に泊めて頂きたいと言う趣旨の話をすると二つ返事が帰ってきた。 牛を牛舎に預け、物を一旦置かせてもらい今夜の事を考え血と墨汁で呪符を大量に書いていく 「本当は血だけで書いた方が効果は高いのですが血も無限ではありません、温存していきましょう」 妙な肌触りの方の紙は良元曰く毛のある妖の体毛を混ぜた物であり、霊力のない人間でも特殊な術を使えるのはこの紙に入れ込んだ妖の毛に霊力が(こも)っているのを利用しているだけだと言う 「これを貴方に渡しておきますね」 同じような紙に赤いぐちゃぐちゃと描かれた絵と血痕のような跡があり、普通のものでは無いと青年は察すると良元を見た 「これは…?」 「それは怨女(えんにょ)の符です。それを使うと怨女を召喚する口寄せの符ですね。」 コレがそうだと指で示されるのは赤いぐちゃぐちゃな塊の絵、この塊を召喚して何になるのかと言う目で見ると「彼女たちは怨念の集合体であり普通に送るには骨が折れるのです。だから呪符として封じ鬼に追い詰められた時に身代わりとして襲わせるのです。」となんとも(むご)たらしいことを言った。 「こいつに食わせようが鬼に食わせようが結果は同じだからな」 と喰姫を撫でる隆文が補足すると食われるという点ではどちらも大差ないかと青年も納得するのだった。 「隆文さんは呪符は使わないの?」 「あぁ、俺はそんな細かいこと出来ねぇからな これさえあれば十分だ」 鉈のように厚みがある刀を見せると喰姫も隣で大きく頷いていた。 「普通の刀よりも刀身の厚みがあるけど何か理由が?」 「想い人が人を食い角が生えて鬼になっちまったら普通の人間よりも骨は太く鋼のように頑丈になる、そんなの普通の刀だと直ぐに折れちまうからな」 この厚みの刀になると相当重く、それを扱う隆文の腕や肩はがっしりとしているのを見て青年は自分の細腕を見て少しは鍛えないとと心の中で呟いた。 「つっても坊主は霊力ないからこの刀で切ろうが鬼には敵わないだろうがな!!」 「うわっ」 ぐしゃぐしゃと髪を掻き回してくる手を必死に両手で止めようともがいたのだった。
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