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次の、瞬間である。
平間は昇也のスマホを左手に持ち替え、右手を登山ズボンのポケットに突っ込み、自身のスマホを抜き取った。
平間は瞠目していた。
己の脳が発した命令ではなかったのだ。
「は、あ?」
意思とは無関係に筋肉が動いている。第三者が意識の操縦桿を握り、司令系を侵食している。さしずめ長年放置されていたロボットが久しく起動し、ぎこちないながらも定められた目的に沿って関節が軋むような、そんなイメージが浮かんだ。
平間がそうやって他人事に捉えているのは、それだけ脳の処理が追い付いていない証左だった。
抵抗できない。しようとすれば体のあちこちが故障してしまう危険を孕んでいると直感した。
平間の指が傷一つ無いスマホの画面をタップする。ぼんやり息を吹き返して表示されたのは、平間のSNSだった。
「なん……」
『ひらま:もう少しで到着。』
『ひらま:ここに来る意味がおれにはあった。』
全身の血液が急激に温度を下げた。
こんな呟きはしていない。
そもそも──と平間の背筋を冷たい汗が伝う。
カーナビがうまく作動しないような電波の悪い状況でSNSの発信はできなかったはずだ、と考えて、それは昇也の身に起きたことと同じだったと理解した。即ち、昇也もまた何者かによって勝手に呟かれていたのだと。だからこそあの瞬間、普段のアイツにしては奇妙な投稿が連なっていたのだ。
ざあっ、とひときわ強い風が吹き、濃い影で生気を失っていた雑草を撫でた。その段になってようやく、平間の視界にいま立っている場所の異常さが飛び込んだ。
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